「ガブリエル様、わしのことば、呼んでられたかいね〜」 大天使を前にしてのその言葉使いに、ガブリエル様が苦笑するのが見えた。誰を前にしても全く動じることがなさげなのが、イーリスなのだった。今も、インフォスに無断で降りたことを叱責されるに違いないのに、まったく悪びれた様子がない。もちろん、だからといって、大天使たちを軽んじているわけではなく、尊敬していることは間違いないのであるが。 「イーリス、よく来ましたね。 インフォスへ降りたそうですが、様子はどうでしたか?」 「おぉ〜、それやが、えらい事じゃねえ、まっこと、あの世界は危機に瀕しちゅうがよ。 わしゃ、前にもああいう地上界を見たことがあるっちゃ」 「それは、いつのことですか?」 「にゃはは、もう、時効ですろうかね〜、まあた黙って地上へ降りたっちゃ、怒らんといてつかあさいや〜。ずいぶんと前に地上へ降りたときに、そこの地上界がなくなってしもうたがよ〜。 その世界の様子とそっくりじゃあ。」 その言葉を聞いたガブリエル様は、イーリスを見つめて真剣な表情で言った。 「イーリス、あなたの言うとおり、インフォスは今、滅びの危機に瀕しています。 幼き天使がインフォスを救うために地上に降りましたが、 インフォス滅亡を企む堕天使たちの力は想像以上に強力です。」 「なんちゃ、堕天使ですと?? はぁ〜・・・あの得体のしれんもんは、堕天使でしたかいね〜。」 イーリスは、ガブリエル様の言葉にやっと自分がかつて見たものが何であったのか疑問を解いた。 「イーリス、地上をこよなく愛するあなたにお願いが一つあります」 長年の疑問(忘れていたくせに)が解けたことにしきりに感心していたイーリスは、ガブリエル様のその言葉に、ちょっと驚いて黙り込む。 「あなたに、もう一つのインフォスを守ってもらいたいのです」 「もう一つのいんふぉす???」 「そうです。知っての通り、我々の天界の元には数多くの地上界が属しています。 インフォスもまた、その一つ。 それぞれの地上界は独立しつつも、お互いに影響を与えあっています。 地上界同士の距離が近ければ、近いほどその影響は強くなります。 そう、隣どうしの地上界は、たとえるならば、鏡に映った世界のように、 よく似ているけれど、どこかが違う世界といえるでしょう。 隣どうしの地上界は鏡に映った世界のように、とてもよく似通っていて、 お互いの影響力も強いのです。 隣どうしではささいな違いしかありませんが、地上界どうしの距離が遠いと、 ささいな違いが積み重なり、大きな違いとなって全く別な世界になってしまいます。 それほどに距離が離れているとお互いの影響もさして受けることはありません」 「む〜、アカデミアで習ったような気もするっちゃねえ。」 「今、幼き天使が守護に向かっているインフォスとほど近い場所に、 もう一つ地上界があります。それが、どういう意味か、わかりますか?」 「にゃ〜、どうじゃろうねえ。わしゃ、回りくどい説明は苦手なんちゃ、 どういう事かゆうてもらえんですかのう」 「堕天使に侵されているインフォスの影響を受けて、その地上界も乱れてきています。 そう、インフォス同様、堕天使の侵略を受けつつあるのです。 あなたには、その地上界を守護しに行ってもらいたいのです。」 「なんと! わしが地上界を守護しに行くっちゃ??? か〜!! そりゃまっことですかいね??? おお〜!!」 おおいにはしゃぐイーリスに、この任務の重要性がはたしてわかっているのだろうかと、一抹の不安を隠せないガブリエル様は、重ねて言った。 「インフォスと、あなたがこれから向かう地上界・・・仮にインフォス’としましょうか、はとてもよく似た世界です。 住む人々、地形、言葉、ほとんど変わりがないでしょう。 それほどにインフォスに与える、インフォスから与えられる影響は大きいのです。 つまり、インフォスでの混乱の解決は、あなたの向かうインフォス’の正常化に影響を与え、 あなたがインフォス’で事件を解決すれば、インフォスでの任務もスムーズになることでしょう。 それぞれが、それぞれの地上界で任務を果たすことによって、お互いによい結果を得ることができるのです。」 それは、イーリスにあるひらめきを与えた。すなわち。自分が任務をこなせば、インフォス守護に向かっているかの天使の役に立てるということだ。一宿一飯(まあ、一宿はなかったけど)の恩を返すことにもなろう。 「おお! やるがよ! ガブリエルさま、わしゃ、力いっぱいがんばるがよ!! ここでその任務ば断っちょっては、男がすたりますけえ!」 やる気満々な彼の様子に、ガブリエル様は苦笑した。 「では、天使イーリス、あなたにお願いします。どうか、インフォスとインフォス’を救うために力を貸してください。 あなたを助ける妖精たちを二人呼んであります。 彼女たちと強力し、地上界の人の中から、勇者の資質を持った者を探し出して、 勇者とともに、地上を守ってください。」 かくして、天使イーリスは、地上界に仕事で初めて降り立つこととなったのである。 「天使さま〜、勇者になりそうなヒトを見つけました〜」 地上界では自分の力をふるうことはできないので、とりあえず勇者が見つかるまでは手持ちぶさたなイーリスの元に、妖精の報告がもたらされたのは、地上界に降りて何日かが過ぎたころだった。やる気満々で来たものの、勇者が見つかるまではヒマなもので(本当はいろいろとやることはあるのだが、デスクワークなど彼には拷問に等しいのであった)ダラダラした毎日を過ごしていた彼は、その報告にガバっ!!と身を起こした。 「おぉ〜!! フロリン、偉かね〜! ようやったがよ〜! 勇者がやっと見つかったがよ。 にゃはっはっは、早速ほいじゃあ、スカウトしに行こうかいねえ!」 そう言い終わるか終わらないかのうちに、彼はもう地上へと向かっていた。 「あっっっ!! て、天使さま!」 もう一人の妖精、リリィが声をかけるのも間に合わず、彼の姿はもう消えていた。リリィは、ため息をついて独り言を言う。 「あ〜あ、天使さまってば・・・せめて、ヒゲくらい剃っていけばいいのに・・・・。 あれじゃあ、勇者さまもびっくりしてしまうわよねえ・・・・」 イーリスが向かった先はヘブロン王国のヨーストという町。ここに、勇者候補がいるという。ひよひよ・・・と飛びつつ、彼は勇者の住む家へ向かった。 そこは、家というか、つまりは屋敷だった。 (おぉ〜、ええしのボンなんじゃねえ、この勇者は。 どこにおるんかいねえ、む〜・・・) きょろきょろと、窓の外から勇者候補らしき若者の姿を探す。その目に、一人の青年の姿が映った。 (おっ! あれかいね。) 窓辺に近づくと、一人の青年が若いメイドを口説いている真っ最中だった。 (ほほ〜・・・、こりゃまたええ勉強になるがよ〜。 おなごを口説くときは、こういう風にやるがね・・・。) 思わず見入って(聞き入って)しまう彼のその視線に気づいたのか、青年が窓を振り返った。イーリスと青年の目が合う。イーリスは、青年に向かって満面の笑みを返すと手を振った。青年は、黙ったまま、イーリスの顔を見返していたが、やがて、メイドの方に向き直り、 「・・・窓の外に魔物が見えた」 と言った。メイドがその言葉におそるおそる窓の外を見る。イーリスは、彼女にも手を振ったが、彼女にはイーリスの姿は見えないようだった。青年は、やがてメイドを下がらせると、イーリスに向かって話しかけてきた。 「・・・・で。 なんだ、貴様は。 魔物か」 「なんちゃ〜、見てわからんかったら、聞いてもわからんっちゅうじゃろが〜。 わしゃ、天使じゃ。どっからどう見ても天使に見えようがね」 イーリスは、魔物よばわりされたことに多少ムッとしながら、青年に言った。しかし、青年はそんなイーリスを鼻で笑い飛ばすと、あからさまにバカにしたような視線で彼を見た。 「天使? 天使だって??? その、無精ひげも見苦しい貴様が天使だと? それはそれは。笑わせてくれるな。 で。その天使さまが何の用だ?」 「おお! 兄ちゃん、おんし、勇者にならんかいね?」 「・・・・何だって?」 イーリスの言葉に青年が問い返す。 「勇者じゃ、勇者!」 イーリスは、青年に向かってこの世界の現在の状況と勇者の必要性について、彼なりにまくしたてた。まるで唾まで飛んできそうなその勢いに青年は、顔をしかめつつも、一応最後まで彼の話を聞いていた。 「・・・・っちゅうことでじゃな、勇者にならんかいね?」 「・・・聞いてみると、なんだ、中には美しい女性の天使が遣わされている世界もあるというのに、 どうして貴様のような、むさくるしい男がよりによって私のところに現れるのだ? それだけでもう十分に納得いかんな。」 「そねいな事いうなっちゃ〜。兄ちゃん・・・」 「その品のない呼び方はやめたまえ。 私の名は、シーヴァス・フォルクガングだ」 「おお、そりゃすまんちゃ、シー坊、勇者にならんか〜。 勇者っちゃ、おなごにも人気急上昇ぜよ〜」 「断る。だいたい、そんな事をせずとも女性には不自由していない。 第一、突然現れてのその不作法な頼み方が気に入らない」 そう言われて、喜んで勇者を引き受けてもらえると思っていたイーリスは、ショックを隠しきれないといった顔をした。 「なんちゃ〜!! なんして勇者にならんがよ〜。」 しかし、シーヴァスはそんなイーリスの声など聞こえぬげに、窓から離れ、さっさとどこかへ行こうとした。イーリスは、それを追いかけてなおも食い下がる。 「ええっちゃ、そいたら、わしも男じゃ、シー坊が勇者を引き受けてくれるっちゅうまで、側をはなれんけんね。 こうなりゃ根比べじゃ〜」 そんなことになったら、ペテル宮で待っている妖精たちが困り果てることは間違いないのだけれど、イーリスは本気だった。その言葉にシーヴァスは立ち止まり心の底から迷惑そうな顔で彼を振り返った。 「・・・・・迷惑だ。帰れ」 「イヤじゃもんね! 言うたじゃろ、おんしが勇者を引き受けるまでわしゃ、ぜ〜っっったいにおんしから離れんけんね!!」 「人を呼ぶぞ」 「にゃっはっっは〜。 わしの姿は勇者の資質のあるもんにしか普段は見えんのよ。 おんしが人ば呼んで騒いでも〜、誰にもわしの姿は見えんっちゃね〜」 ニヤリ、とイーリスは笑った。シーヴァスの頬の筋肉が怒りにぴくぴく・・・と震える。しばらくの間、黙ったままの二人の間に火花が散っていた。 やがて、シーヴァスが口を開いた。 「・・・私が勇者を引き受けたら、貴様は帰るというのだな」 「おお、おんしが勇者を引き受けてくれるっちゃ、わしゃ安心して戻れるがよ」 「わかった。では、勇者になろう」 いやにあっさりとシーヴァスはそう言った。 「おお!! まことかいね! シー坊、勇者になってくれるがよ〜!」 感激した様子でシーヴァスの手を握ろうとしたイーリスを軽くよけると、シーヴァスは口早に言った。 「ああ、勇者になるから、貴様はとっとと帰れ。 二度と私の前に現れるな。」 しかし、やっと勇者を一人スカウトしたイーリスにはそんな声は聞こえていない。すっかり舞い上がってしまっているのだ。 「にゃっはっは〜!! ええっちゃ、ええっちゃ、シー坊、おんし、ええ奴じゃねえ〜♪ ほいだら〜、これからよろしゅうなあ♪ また、任務ができたら来るさけえなあ」 「二度と来るな、と言った筈だぞ」 「なあに、わしが任務を届けにくるまでは、いつも通りの暮らしをしていてくれたらええけえ、 あっ、じゃけんど、せっっかく勇者なんじゃし、ほれ、修行なんちゃ、するとええかもしれんねえ〜」 「仕事などもってきたところで、気に入らなければ引き受けないからな。 第一、貴様がもってきた依頼など金輪際受け付けないぞ。 私に仕事を依頼したいなら、せめて女性を遣わせるんだな」 「いや〜、まっこと、おんしゃ〜ええ男じゃ〜♪ べっぴんさんな上に、男気があってええねえ〜。 こねいに早うに勇者をスカウトできるっちゃ〜、 まあ、わしの実力もあってのことじゃろうけどねえ〜。いやあ、さい先がええがよ♪」 「とにかく、早く帰れ。消えろ。二度と来るな」 二人の間に意志疎通というものは、まったく成立していなかったが、とりあえず、天使イーリスは無事に勇者をスカウトした。 とはいえ、管理勇者はこれで、やっと一人。次なる勇者の登場が待ち遠しいイーリスだった。 「にゃっはっは〜、けんどまあ、この調子で行くと〜楽勝っちゃね♪ う〜む、楽しみじゃね〜・・・。どねいな勇者がおるんじゃろうね〜」 勇者と見込まれた人間には、堕天使よりも大迷惑かもしれない天使イーリスの勇者初スカウトはかくして無事(?)終了したのだった。 (続く) |