勇者シーヴァスのスカウト成功にすっかり気を良くしたイーリスは、ペテル宮へ戻って妖精たちに、そのあらましを伝えた。 「良かったですね、天使さま。 私たちも、がんばって勇者候補のみなさんを探してきますね」 妖精リリィは、心底ほっとした顔でそう言った。彼女が内心、イーリスが勇者スカウトを成功させた、ということよりも、勇者シーヴァスがよく引き受けてくれた、ということの方を高く評価していることは、イーリスにはわからない。すっかり、自分がほめられたと思って、わくわくしたようにリリィに向かって言った。 「おお、リリィ、頼むぜよ! わしもガンガン、がんばるけんな!」 そのイーリスの満面の笑顔をみて、どこかズレている、と思いつつも悪くは思えないんだなあ、と思うリリィであった。一方のフロリンダは、この型破りな天使とどこか波長があうのか、のほほん♪と楽しげなのであった。おそらく、ペテル宮でのリリィの精神的な苦労はこの後増えることはあっても、減ることはなさげであった。 次に見つかった勇者候補は、同じくヘブロン王国のヴォーラスという地にいる騎士団長である。イーリスは、これまた大はりきりでスカウトに向かったのだが、その途中、勇者シーヴァスの様子をうかがいにいくことにしたのだった。せっかく勇者を引き受けてくれたのである、ちゃんと信頼関係を築くべく気を配らなくてはならない。けして、ヨーストの町でちょっと遊んでいこうなどという気持ちではないのである。たぶん。 その日もヨーストは天気がよく、ほがらかな一日だった。 『まるで、ここが滅びの危機に面しちょるとは思えん陽気じゃねえ』 そんなことを思いつつ、ひよひよ・・・とシーヴァスの姿を探すと、彼が屋敷を出てどこかへ行こうとするのが見えた。興味半分でイーリスは、彼に声をかけるのをやめて、その後を飛んでいく。しかし、どうしても我慢ができなくなってしまって(知りたいことや、聞きたいことは、口に出して訊かずにはおれないタイプなのだった)つい、声をかける。 「シー坊! お出かけかいね。今日もええ天気じゃなあ」 その声に、シーヴァスは、思いっっっきりイヤそうな顔でイーリスを振り仰いだ。しかし、イーリスは、そんなことちっとも気にせず(というか、気がつかず)ばっさばっさと翼を羽ばたかせつつ、続ける。 「どこへ行きゆうがよ? おもしろいことでもあるんかいね。わしも行ってみたいのう〜」 「これから出かけるというのがわかっているのなら、少しは遠慮してもらいたいものだな。 第一、これから私が行くところへ、君がついてきたところで、楽しめるとは思えないね。 用があるなら、訊いてやらんでもないから、さっさと帰るんだな。」 「おお〜、話を聞く気があるっちゃあ、やる気満々じゃね〜。 にゃっはっは〜、せっかくやる気んとこ、申し訳ないんじゃが、今日はシー坊の様子を見にきただけっちゃ。」 「・・・それなら、私は元気だ。何も心配してもらうところもない。 わかっただろうから、消えろ。」 「いや〜、わしと仲良うしゃべってみたいっちゅう、おんしの願いもわかるけんど、今日は、わし、これから別の勇者をスカウトしに行くんじゃ〜。あ、もちろん、勇者が増えても、シー坊のことも、ちゃあんと面倒見るがよ〜」 あいかわらず、他人の話を聞かないバカ天使、とシーヴァスは内心毒づきながら、ふと、イーリスが述べた言葉に耳をとめた。 「別の、勇者をスカウトする、だと?」 「おおよ! なんでも、ヴォーラスっちゅうとこの騎士団の団長らしいっちゃ。 どんな人物か、まっこと楽しみっちゃ♪」 それを聞いたシーヴァスの瞳が、キラリと光った。彼は突然、上機嫌になるとイーリスに向かって言う。 「ああ! 彼なら私もよ〜く知っている。 ヴォーラスの騎士団長、レイヴ・ヴィンセルラス殿のことだろう!」 「おお、シー坊もよう知っとるかね〜。どんな人かいのう〜」 「レイヴといえば、騎士はおろか、国王からの信頼も厚い武人で、戦果も著しく、まさしく勇者にふさわしい人物だな! ああ、まったくもって、私などよりずいぶんと勇者の務めを立派に果たすだろう。 君が彼を勇者に選択したのは、まったく正しい判断だ。 ぜひ、彼を勇者とするべきだ。今すぐにでも!」 シーヴァスは、珍しく熱弁をふるった。イーリスはその様子にいたく感心する。 「シー坊、おんし、なかなか偉いねえ。 他人を誉めるっちゃ、そうそうできることじゃないがよ。 ましてや、自分と同じ勇者になるっちゅう男を、そねいにちゃあんと認められるっちゃ、 偉いねえ〜」 もちろん、シーヴァスはレイヴ・ヴィンセルラスの人となり、実力を認めて褒め称えたわけではなく、自分が被っている被害を少しでも減らすがために言っているのであるが、レイヴを遠慮なしに自分と同じ立場へ引き入れるのには、彼と実際に友人であるということも理由にあった。 『悪く思うなよ、レイヴ』 内心、シーヴァスがそうつぶやいたことなど、イーリスは知らない。イーリスは、レイヴの上々な評判(シーヴァスから聞いただけだが)を聞いて、ますます上機嫌でヴォーラスへと向かったのであった。 ヨーストと同じくヘブロン王国に属する町、ヴォーラス。イーリスは、ここにいるらしい次なる勇者候補の姿を探して飛んでいた。ヨーストが割合と華やかな印象の町だとすれば、ヴォーラスは、石造りの質実剛健なイメージの町だ。 イーリスは同じ国でも町ごとに特徴が違うのが楽しいっちゃ〜♪と、なかば観光気分である。騎士団の詰め所を探すイーリスは、それらしい建物の前から一人の男が出てくるのにでくわした。 『おお、なんとのうここみたいな気がするが♪』 イーリスが建物の門を飛び越えようとしたとき、その男と一瞬目が合ったような気がした。しかし、男は何事もなかったかのように、すたすたと歩き去っていく。普通の人間には、イーリスがそう意識しなければ、イーリスの姿は見えない。勇者の資質を持つものだけが、真実を目にすることができるのだ。しばらく考えていたイーリスは、その男の後を追い始めた。 「のお、兄ちゃん!」 しばらくして、その男に背後から声をかける。しかし、次の瞬間イーリスを襲ったのは、男の繰り出した剣先だった。 「のわ〜!!! い、いきなりなんね〜! びっくりするがよ!」 イーリスは、間一髪剣先を避けると、男の頭上をぐるぐる飛び回った。 「なんちゃあ、まったく乱暴じゃねえ! わしじゃけ、避けれたものの 普通の人間じゃったら、いまごろ天界でレミエル様のお世話になっちょるところじゃあ!」 ぷんぷん!と湯気でも出そうな勢いでわめくイーリスに向かって、男はいまだに剣を納めようとせずに、静かに言った。 「何用だ、魔物め。俺の命でも奪いにきたのか?」 その言葉を聞いて、イーリスは動きを止めると、深く深くため息をついた。 「ちゃ〜!!! なんしておんしといい、シー坊といい、わしを魔物っちゅうかのう。 わしゃ、天使じゃって言うとろうがよ〜。 まっこと、見る目がないっちゃ〜」 しかし、気をとりなおして、男に向かって言う。 「おんしゃあ、レイヴ・ヴィンセルラスっちゅうんかいのう。」 男は、不審そうな面もちでイーリスの顔を見つめた。どう答えようかと、考えるようにしばらくの沈黙の後、やっと男はうなずいた。 「いかにも、俺がレイヴ・ヴィンセルラスだが。貴様はなんだ?」 「おお! すまんちゃ! 自己紹介が遅れたのう。 わしは、イーリス。天使じゃ〜。おんしに、勇者になってもらいとうて尋ねてきたがよ」 イーリスは、にかっ!と笑ってレイヴにそう言った。そして、レイヴの反応を待つが、二人の間には重い沈黙が降りただけだった。イーリスは、気を取り直して、シーヴァスの時と同様、勇者についてその役割と目的、意義を蕩々と熱弁した。レイヴはというと、聞いているのか聞いていないのかよくわからなかったが、とりあえず、静かにしてはいた。 「・・・・っちゅうことでじゃな、勇者になってもらえんかいのう〜」 イーリスのその言葉が終わっても、レイヴはしばらく黙ったままだった。沈黙が痛い。(というか、イーリスはこういう沈黙がちょっと苦手だったりしたので) わかってるんだろうか、とイーリスはレイヴに顔を近づけてじ〜〜〜っとその目をのぞき込んだ。レイヴはというと、これまた動じることなく、じ〜〜〜っとイーリスを見返してくる。天使の姿を見ることができる人間がその場にいたら、むさくるしい男が騎士団長とじっくり見つめ合う寒い風景を目にしたことだろう。 「シー坊からも、おんしは勇者にうってつけじゃ〜ゆうて太鼓判を押されたんじゃけんどなあ」 イーリスが嘆息をつきつつそう言うと、レイヴは片眉をつり上げていったい誰が、と言いたげな顔をした。 「ほれ、え〜〜〜と、ヨーストの坊ちゃんじゃよ。シーヴァスじゃったかいね。」 とたんに、レイヴの顔が不機嫌そうに曇る。 「・・・・・シーヴァスめ・・・・余計な事を・・・・」 その低い声にイーリスは、気づき、レイヴの肩をばしばしと叩いた。 「なんちゃ〜! おんしら、知り合いかいね。 そりゃあええじゃろ〜。友達どうし、勇者どうし、協力しあうこともできるけえ♪ や〜、ええ友達を持っちょるねえ、ええこと、ええこと。 シー坊も一人じゃ大変じゃけ、おんしも勇者になりんさい〜♪」 またまた上機嫌に戻ったイーリスはレイヴの頭上をぐるぐると飛び回った。レイヴからの返事はまだだというのに、もうすっかり勇者の承諾を得た気分でいる。 「頼み事があるときは、わしがちゃあんと伝えにくるけえ、 勇者の任務がある時以外は、普通にしておってかまわんがよ。 騎士団におるんじゃったら、修行には困らんちゃね。まっこと、勇者にうってつけじゃあ。」 「ちょっと待て、俺はまだ何も・・・・」 「いやあ〜!! わしもさい先ええがよ〜! これでもう、勇者が二人も決まったがよ! ふっふっふ、事件が起きるのが待ち遠しいの〜って、いやいや、けして、悪い事が起きるんが楽しみっちゅうことじゃないけんど、 なんちゃねえ、勇者として思う存分、働いてもらいたいけんね〜♪」 ばしばしとレイヴの肩を叩く天使に、鎧の上からでも結構な衝撃を感じるレイヴは、勇者なんぞに頼むよりも、自分で戦った方が早いんじゃないのかという疑問を隠せない。 「ほいじゃあまあ、今日はわし、帰るけえ、今度からよろしゅうになあ♪」 「いや、だから俺はまだ・・・」 「いやいやいやいや、なんも心配せえでもええがよ〜。 わしがちゃあんとついちょるさけなあ。一緒に、この世界を守るっちゃ! ほいじゃあ、また、ときどきは様子見にくるさけなあ♪」 そのまま、レイヴに口を挟む隙を与えず、天使は天界へと帰っていった。いつのまにやら、すっかり勇者とやらにされてしまったレイヴ・ヴィンセルラスは、その場で深い深い困惑のため息をつくのだった。そして、遠くヨーストの地にいるであろう、古い知り合いに心の中で呪詛の言葉をはかずにはいられないのであった。 絶好調のイーリスは、またまたペテル宮に戻って妖精たちに、スカウト成功を報告する。 「どうじゃ〜、フロリン、リリィ♪ わし、絶好調やないがね〜♪ もう、勇者がさくさく集まって笑いが止まらんがよ。 あとは、せっかく勇者になってくれたんじゃけなあ、なんしか解決しがいのある 事件でもあるとええんじゃがねえ。 みな、腕が鳴っちょるじゃろうからなあ〜」 「すごいです〜、天使さま〜♪ フロリンもがんばって事件を探してくるです〜♪」 ほわほわとした二人からやや離れて、リリィは、よく勇者を引き受けてくれた、と地上のレイヴに感謝を送らずにはいられなかった。(実際には、レイヴは一言も「引き受ける」なんてことは言ってはいないんであるが) 「ほいじゃあ、フロリンは事件を探してくるがよ、 リリィは、わし、もう一人か二人は勇者がいると思うけんねえ、 もちっと勇者候補ば探してくれんかいのう」 は〜い、と元気な声でフロリンダが出ていく。リリィは、この天使にぜひ、一度インフォス救済のための計画をどう立てているのか聞いてみたいものだと思いながら地上へと向かった。 「天使様〜♪ 事件です〜。 きれいな女の人がさらわれるんです〜。 これって、きっと、シーヴァス様が好きそうじゃないですか〜」 フロリンダがペテル宮で昼寝(!)をしているイーリスの元へ報告を持ってくる。その声にイーリスはがばっ!と跳ね起きた。 「なんと! いよいよ事件かいね〜!! ふっふっふ、待っちょったがよ〜、腕が鳴るのう!!」 不敵に笑うイーリスではあるが、もちろん、事件を解決すべく戦うのは彼ではない。 「おっしゃ、さっそく、シー坊に依頼しに行くかいね♪ シー坊はおなごに優しいけえなあ、きっとこねいな事件には心を痛めるに違いないぜよ。 きっと、引き受けてくれるじゃろう♪ そうと決まれば急がんといかんのう〜♪」 と、そこへ今度はリリィが帰ってくる。 「天使さま、勇者候補の方を見つけてまいりました。 ナーサディアという、踊り子を職業とする方です。 なんでも、かつて勇者だったという噂がある不思議な方なんです。 一度、お会いになってみてはいかがでしょう」 「なんと! 勇者と呼ばれる人かいね。む〜。 ほいじゃあ、わしがスカウトする前からもう勇者なんじゃね〜。 っちゅうことは、元から勇者なんじゃけ、断られることはぜ〜ったいないっちゅうことじゃあ♪ きっと、勇者として、この世界をどうしようか悩んでおるに違いないぜよ。 わしが会って、ちゃあんとこの世界を救えるっちゅうて話をせんといかんがよ〜。 おし、早速会いに行くがよ〜!」 言い終わるより早く、天使はペテル宮を文字通り飛び出していった。 「ほえ〜、天使さまってば、シーヴァスさまのところとナーサディアさまのところとどっちに行ったんでしょ〜」 「両方でしょ。 でも・・・・う〜ん、ナーサディアさまって女性なんだけど・・・・。 天使さまのあの姿じゃあ・・・大丈夫かしら(汗)」 あいかわらず、天使の翼に天使の衣装を着ていても、どこかむさ苦しいイーリスに、あれじゃあ女性ウケが悪いと思うんだよねえ、と不安を隠せないリリィであった。 しかし、そんな心配をよそにして、絶好調イーリスはインフォスの空をぴゅんぴゅん飛び回っていたのであった。 (続く) |