「天使さま〜!」 ペテル宮に妖精フロリンダの声が響く。大きないびきをたてて昼寝をしていたイーリスは、その声にふがふが、と目をさました。 最初の事件も無事解決し、あいかわらず絶好調と(自分では)思っているイーリスは、眠そうに目をこすりつつフロリンダの報告をきく。 「天使さまあ、キンバルト王国のニーセンで、勇者になりそうなヒトを見つけましたあ。 ベイオウルフっていう盗賊団の頭領でぇ、グリフィンさまって言う方ですぅ。 あ、盗賊っていっても、弱きを助け、強きをくじく義賊なんですよぉ」 ふむふむ、とその報告を聞いていたイーリスは 「おお! それは見所があるっちゃねえ! ええがよ、フロリン、わし、その兄ちゃんに会うてみとうなったがよ!」 とたちあがる。 「天使さま、勇者さまって何人集められるんですかあ?」 フロリンダが尋ねると、イーリスは自信たっぷりのいつもの笑顔で答えた。 「おお、フロリン、今度からはなあ勇者の探索はええけえな。 わしの勇者は4人で十分じゃあ」 にやりと笑ってウインクひとつ。イーリスはペテル宮を飛び立った。残されたフロリンダはほえほえと頷きつつ、天使さま、目にゴミでも入ったかしらとか思っていたりしたのだった。 通りを通る人影も消え、だれもが寝静まった夜。ニーセンの町のとある屋敷の窓が静かに内から開けられた。しばらくの後、その窓から誰かが外をうかがう気配がした。通りに誰もいないことを確かめると、そっとその窓から外へ出ようとする。 空からその様子を見ていたイーリスは、ひよひよ・・・・とそちらへ降りて行くと、その人間を近くからそ〜っとのぞきこんだ。 「なあ、兄ちゃん」 静かに静かに行動しているその青年に合わせて、小さい声で話しかける。 「なんだ、うるせえな、静かにしろ!」 青年は、イーリスをじろっとねめつけると窓の外に降り立った。 「なあ、兄ちゃん、もしやベイオウルフのグリフィンちゅうんかいねえ」 あいかわらず小さい声でそう話しかけるイーリスに、そちらを見ることもなく青年は窓の中に上半身を入れ、ごそごそと荷物をかつぐ。重そうなその袋にはどうやらこの屋敷で失敬してきたものが入っているのだろう。 「なんだ、お前、ベイオウルフに入りたいのかよ。 まあ、あれだな、頭は悪そうだがバカ力だけはありそうだよな、お前」 ちらりとイーリスを見て青年はそういうと、今自分が持ちだした袋をイーリスに投げ渡した。 「ちょっと持ってろ、それ」 イーリスは、受け取った袋をじ〜っと見つめていたが 「なあ、兄ちゃん、これ、この屋敷のものかいね」 とそっとグリフィンに尋ねる。 「バカ。お前、俺の仕事なんだと思ってんだよ。 当たり前だろうが」 グリフィンは、次の袋を取りにまた屋敷の中へ体を入れている。その言葉を聞いて、ふむふむと頷いたイーリスは、違う窓からその受け取った袋を屋敷の中へ投げ入れた。 「ほれ、次」 グリフィンから次の袋がイーリスに投げられる。イーリスはそれを受け取るとまたまた窓から屋敷の中へ投げ入れる。グリフィンが屋敷の中から袋をイーリスに投げ渡し、イーリスはそれをまた、屋敷の中へ投げ入れる、ということが何度か繰り返され、やっと屋敷中からかき集めたひと財産を運び終えたグリフィンがイーリスの元へ改めてやってきた時には、もちろんイーリスは手ぶらだったのだった。 「!! なんだよ、てめえ、お宝どうした」 「いや〜、あれは、この屋敷のもんじゃけ、とっちゃいかんがよ〜。 ちゃあんと、わしが返しておいたさけ、だいじょうぶじゃ」 「バカヤロウ! てめえ、ふざけやがって・・・」 だっと殴り掛かってくるグリフィンの肩をがしっ!と掴むと、イーリスはがくがくがくがく、と揺すった。奥歯がガチガチ鳴りそうな勢いに、グリフィンが舌をかみそうになる。「兄ちゃん!! 盗賊もええが、勇者にならんかよ!」 イーリスは力いっぱいそう言った。グリフィンは咄嗟にその口を「ばかやろう!」と言ってふさぐ。 「バカヤロウ! 声がでけえ! 静かにしろ。 だいたい、お前、何なんだ」 ぐっとイーリスの腕を掴んで物陰へと引きずっていく。いまさら、お宝はもう無理だとあきらめてしまったらしい。もちろん、今夜の獲物を台なしにした相手をただで返すつもりなどない。 「兄ちゃん、勇者にならんかいね!」 なおもそう言うイーリスを、改めてグリフィンはまじまじと見つめた。そして、それまで気づかなかったものに気づいて、怪訝そうな顔をする。 「・・・・てめえ、それは何だ?」 「あ?」 「その、背中についてるものは何だ?」 ばさばさ、とイーリスは背中の翼をはばたかせた。そうして、にかっと笑ってみせる。 「こりゃあ、翼じゃあ。わしゃ、天使なんじゃよ〜! おんし、グリフィンちゅう親分じゃろうが。なあ、勇者にならんかいよ!」 そうして、イーリスはまたまた勇者の意義、役目、現在のインフォスの置かれている状況・・・などについて、滔々と語ってきかせた。グリフィンは、顔をしかめつつも黙ってそれを聞いていたが、イーリスが話終えると一言言った。 「で、俺はむつかしいこと言われてもわかんねえんだよ。 一言で言ってくれねえか」 イーリスは、そう言われてしばらく考えると一言こう言った。 「勇者になるとじゃな、人から感謝されてお宝もたあんともらえるようになるがよ! ほいじゃけ、勇者にならんかいね?」 「天使さま、それって、過大広告、ペテン、って申しませんか? ペテル宮に帰ってその話を聞いたリリィは、イーリスにそう言った。 「なんちゃあ、ウソはゆうちょらんがよ。こないだ、シー坊もお礼じゃゆうてなんぞもらっちょったがよ。 シー坊は受けとらんかったがよ、親分はもらえばええじゃろが」 でも、いつももらえるとも限らないんじゃ・・・とリリィは思ったのだが、まあ勇者がそろえばそれでいいか、と思い、はっと気づく。おおざっぱな考え方はもしや、この天使に影響されてるんじゃないだろうか? 「ほいで〜、リリィ♪ 今回はどうじゃ〜?」 「あっ、そうでした。 天使さま、ラダール湖に魔物が出て、村人が苦しんでいます。 早く魔物を退治して被害をくい止めないと・・・ この事件は、レイヴ様にお願いしてはいかがでしょう」 ふむふむ、と話を聞いていたイーリスは、 「そうじゃな、こないだシー坊が初仕事を見事こなしよったさけなあ、 友人兼ライバルっちゅう、団長も、腕が鳴りよるじゃろうなあ。 ふむ、こういうのんも、心憎い気配りっちゅうやつじゃろねえ、よっしゃ、その仕事は 団長に頼むっちゃ」 と言うと同時に窓から飛び出した。その背中を見送って、リリィはこれに慣れる日がきたら、この仕事が終わった後、どうなるんだろう、などと考えてしまうのだった。 ひよひよ・・・とイーリスはヴォーラスの空を飛んでいた。目指すレイヴの姿を発見して、うれしそうな顔で降りていく。 「おお〜! だんちょ〜! ええとこにおったがよ! 仕事、仕事じゃあ、初任務じゃよ〜」 イーリスはぶんぶんと手を振ってレイヴに近づく。しかし、レイヴは何の感動もなくイーリスを見返すと、言った。 「悪いが、その仕事は受けれんな。明日から、英霊祭だ ヴォーラスの騎士団長として、果たさねばならないことがある」 それを聞いてイーリスは、目をきらきらと輝かせた。 「! 祭があるがよ! そりゃあええ〜。 わしも見てみたいがよ。よっしゃ、わしもその祭ば見るけん、 その祭での仕事が終わったら、一緒に勇者の仕事に行くがよ」 すっかりその気で盛り上がるイーリスに、レイヴは 「・・・祭といっても、そんな浮ついたものじゃない 神聖なものなのだから、物見遊山な気持ちでフラフラと来るんじゃない」 と言うが、もちろん、そんな言葉をイーリスが聞いているわけもなく、すっかり一人で盛り上がっているのだった。レイヴは、ため息をひとつつくと、何やら想像をたくましくしているらしいイーリスを置いて、すたすたと歩きだした。おまぬけな天使がふらふらしていようと、知ったことではない。唯一、英霊祭さえ邪魔しなければ、どうでもいいことだ。 英霊祭は、荘厳な雰囲気の中とどこおりなく行われつつあった。レイヴはもう何度目かになる祭事の中心となる儀式をこなしている。天使が見にきているのかもしれなかったが、それは気にならなかった。が、彼が騎士の剣を祭壇に捧げたそのとき、レイヴは自分の背後に気配を感じた。なんとか、平常心で振り返ることはなかったが、自分がひざまづいたその上をのぞき込んでいる天使に気づいていた。 「ほ〜、なるほど立派なもんじゃねえ、祭壇もまっことたいしたもんじゃあ」 思わず、黙れ、と言いそうになる自分を押さえて、レイヴは儀式を続ける。 イーリスは祭壇の上へふわふわと飛びあがり、ぐるぐるとその上空を回ってレイヴと彼の後ろに控える騎士団を見る。 「さすが団長じゃねえ、立派じゃあ。かっこええがよ」 ごきげんな様子のイーリスにレイヴは内心頭を抱える。周囲の人間には見えていないとはいうものの、好奇心丸だしの顔で好き勝手にあちこちを飛び回る天使に、レイヴは決意を新たにする。二度と、絶対、天使を英霊祭に連れてなどこないぞ。 レイヴの心の動揺さえ別にすれば、英霊祭は万事滞りなく無事に終了したのだった。 「団長〜、まっこと、ええ祭じゃったがよ〜。 また来年もわし、見にきたいもんじゃのう」 「・・・・二度と来るな」 「なんして〜、ええがよ、わしゃ、団長がおらんでも見にくるけんね あれじゃな、今回は町中のほうが見れんかったさけ、次は町の方ば見たいねえ」 ぜひ、そうしてくれ、とレイヴは内心思う。町中を飛び回られているぶんには、騎士団やレイヴへの被害はないというものだ。 「けんども、団長はすごかねえ、あねいにようけいの騎士をまとめちょるんじゃけなあ」 なおもイーリスは感心しているが、それ以上話を長引かせたくないレイヴは、 「仕事の依頼があったんじゃないのか」 と言うことで話題を変えた。もちろん、気が進まないのではあるが、背に腹は変えられない。このおしゃべりで話だしたらどこまででも行きそうな天使に根掘り葉掘り聞かれるよりは、困った村人を助けるための任務に出掛けた方が百倍マシというものだ。 「おお! そうじゃあ、団長、さすがじゃねえ、困った人のことば忘れんちゃあ、騎士のかがみじゃねえ。 ラダール湖っちゅうとこに魔物が出るっちゅうがよ、行って退治してこんかいね。 なあに、おんしとわしが一緒じゃったら、そねいな魔物、すうぐに倒せるがよ」 その自信がいったいどこから来るのか不思議で仕方ないが、とりあえず騎士としては困っている村人を助けるのも役目だ。本来なら騎士団長となるべきだった男の変わりに、自分がなさねばならない仕事なのだ。 レイヴは、やる気満々で翼をばさばさいわせているイーリスを置いて、 「では、行くぞ」 と歩きだしたのだった。 (続く) |