City of Angel<4>








 きらびやかなホテルの正面玄関についた黒塗りの車の扉をボーイがうやうやしく開ける。
中から降り立ったのは、黒いスーツに身を包んだ若い青年だ。長い金髪を束ねた姿は、彼がこうした一流ホテルを訪れるには若すぎる印象をもたらしていたが、彼を迎えるホテルのボーイたちは、自分よりもどうみても若い年齢のこの青年に対して、丁重な態度を崩さない。彼が、誰よりも大切な客だとわかっているのだ。
青年の名は、シーヴァス・フォルクガング。
今日のパーティーに招かれた客の中でも、もっとも注目度の高い人物の一人でもあった。
シーヴァスは車を降りると、一瞬頭上を振り仰いだ。他の誰にも見ることはできないが、彼の頭上には、天使の姿があった。彼女はシーヴァスの頭上を漂いながら、物珍しげにあたりを見回していた。自分が、一緒にパーティーへくるようにと願った割りにはシーヴァスは無関心そうにそんな彼女を一瞥しただけで、会場へと足を進める。
ホールには、もう多くの人が集まっていた。
きらびやかなドレスと香水の匂い、グラスに揺れる琥珀色の液体。
仮面を張り付けたような笑顔で笑い合う人々は、あたりさわりのない言葉を交換しあっている。しかし、シーヴァスが到着すると同時に、ざわめきがおこり、みなの視線があつまる。若き財閥会長は、どこへ行っても注目と話題の的だった。
「ミスタ・フォルクガング、よく来ていただけました。お待ちしていましたよ。
 あなたが来てくださると、場も華やぐ」
「ご招待に預かり、光栄です。今日は、華やかなパーティーになりそうですね」
集まってくる人々一人一人と挨拶を交わすシーヴァスは、すっかりにこやかな表情を顔に張り付けていた。やがて、新しい客が到着し、彼の回りの人々が減ると、彼はそっとホールの片隅に移動する。そうして、彼の傍らに降り立った天使にむかって皮肉な笑みを浮かべて見せた。
「どうだ? なかなかに馬鹿馬鹿しいものだろう。
 ここに集まっている人々はみな、自分が世界を動かし、作っていると信じているような者ばかりだ。
 笑えるな、実際は世界は死に瀕しているというのに」
天使は、そんなシーヴァスを心配そうな顔をしてのぞき込んでいた。
「そんな顔をしなくても、別に大丈夫だ。
 ただ、ときどき、こういう世界が我慢ならなくなる以外はな
 私とて、間違いなく、彼らと同じ世界に属している人間であるのに
 私には、自分が世界を動かしているなどとは思えないのだ。
 組織など、私がいなくても十分にまわっていく。
 私の存在価値など、実際はフォルクガングの名にしかない」
天使の手が、そっとシーヴァスの手に触れた。その優しい温もりにシーヴァスはしばらく、手をそのままに天使に預けていた。どうして自分が今日、彼女をこの場所につれてきたのか、あまりそのはっきりした理由を自分の中に見つけることはできなかった。しかし、彼女に触れられていると、いつも感じる漠然とした苛立ちが、ゆっくりと解けていくような気がした。
ふと、天使の手を握り返してみる。彼女は一瞬、驚いたような顔をしたが、しかし、手を引くことはしなかった。つないだ手を通して、何かが伝わっていくような気がした。 しかし、それも長くは続かなかった。
一人の女性が、シーヴァスの前に立ったからだ。
「ごきげんよう、シーヴァスさま。」
その女性は、さも当然そうにシーヴァスに向かって手をさしだした。シーヴァスは、天使の触れていた手を離すと、その女性の手をとり、甲にキスをした。満足そうに婉然とほほ笑んだその女性は、彼を促し、ホールからベランダへ抜ける。
[ねえ、シーヴァスさま、私、今日のパーティーは取り立てて来るつもりなどありませんでしたのよ。
 でも、シーヴァスさまがいらっしゃると聞いたものですから」
そう言ってほほ笑む女性に、シーヴァスは笑みを返す。
「それは、光栄です。
 あなたのように美しい方にそのように言っていただけるなど」
「ねえ、この前お会いしたとき、お約束しましたわよね
 今度、オペラにでもご一緒するって。ご都合はいかがかしら?」
「いつでも、あなたのご都合に合わせますよ。」
「あら、お忙しいフォルクガング財閥の会長とも思えないお言葉ですわ。
 それとも、本当はそんな気がないのかしら」
「まさか、私はいつだって誠意を持って女性に接するようにしていますよ」
会話を交わす二人から少し離れた場所で、天使がその様子を見ていた。シーヴァスの目の端に、その姿が映っている。まるで、演技をしているかのように、自分の話している言葉がそらぞらしくシーヴァスには響いていた。
「シーヴァスさま、私、知ってますのよ、
 私がいなかった先日のパーティーで、違う女性にも同じようなお約束をされてましたわよね・
 私との約束も、社交辞令なのかしら、それとも、単なる気まぐれ?」
シーヴァスは苦笑しながら答える。
「私は、すべての女性に対して、公平に優しくありたいと思っているだけですよ」
女性は、その言葉を聞いて肩をすくめた。
「わかっていらっしゃらないのね、シーヴァスさま。
 私は、生まれてからこれまで、自分が特別じゃないときなどありませんでしたわ。
 誰からもかしずかれ、欲しいものは手に入る特別な人間でしたのよ。
 他の女性と同じく、公平に愛して欲しいなどと思ってるわけではありませんわ」
シーヴァスは、言葉なく女性を見つめる。しかし、本当は彼女を見ているわけではないようだった。彼の神経は、そのほとんどが天使の姿を追っていたので、目の前の女性の言葉も彼の耳を通りすぎていくだけだった。
彼の視線が自分の上を滑っていくだけだと気づいたのだろう、その女性は、ため息をひとつつくと、シーヴァスに手を伸ばし、その唇に濃厚な口づけを落とした。シーヴァスは彼女を抱きとめるわけでもなく、体を離すわけでもなくなすがままにされていた。やがて、シーヴァスから返ってくるものがないと知った女性は彼から体を離す。
「冷たい方ね、シーヴァスさま。
 私を欲しいと思う男性はこの世に限りなくいるのに、ご自分がその権利を得ているというのに、
 私には他の女性と同じ程度にしか興味はないとおっしゃるのね。
 いいですわ、さきほどのはお別れのキスです。
 オペラ、ご一緒できなくて残念ですわ」
そう言いおいて、女性はシーヴァスの元を離れていった。シーヴァスはしばらくその後ろ姿を目で追っていたが、やがて天使の方を振り向く。天使は難しい顔をしてシーヴァスのそばに近寄ってきた。
「どうした? もしかして、私をせめているのか?
 不誠実な態度だったとでも?」
頷きも、首を横にふりもせず、天使はじっとシーヴァスの顔を見つめていた。シーヴァスは自分の方がいたたまれないような気持ちになって、彼女から目をそらす。
「・・・君がどう思ったかは知らないが、あんなこと、日常茶飯事だ。
 いちいち、心苦しく思っていてはやっていけない。
 彼女とて、同じだ。
 私以外の彼女を女神とあがめる男たちに、今頃かしずかれて御満悦だろうさ」
天使はその言葉に困ったような顔をしてシーヴァスをじっと見つめている。
「つまらないパーティーだと言った、意味がわかったか?
 所詮、この場所での会話や出来事など、一時のものにすぎない。
 私がこういう場所に出て愛想をふりまくのも、仕事のひとつみたいなものだ。
 貴重な自分の時間を削って仕事をしているのだから、少しは褒めてもらいたいくらいだよ」
そう言うとさして面白くもなさそうにシーヴァスは笑った。その彼の手を、天使がもう一度、やさしく握った。


夜も更けて、パーティーを辞したシーヴァスは、自宅の前で車を降りた。その傍らに立つ天使は、シーヴァスが玄関の鍵を開けようとすると、彼に向かって一礼をし、翼を広げた。天空へ帰ろうとしているのだ。シーヴァスは、それに気づくと、鍵を回す手をとめ、彼女の手をとって引き留めた。
「もうしばらく、そばにいてくれ」
天使は、首をかしげてシーヴァスの顔を見つめる。彼がそんなことを言うなど始めてのことで。彼の表情がまじめなことに気づいたのか、天使はもう一度、翼をたたんだ。
しかし、部屋に入ってからも、傍らに天使を置きながら、シーヴァスは特になにを語るわけでも、するわけでもなかった。堅苦しいスーツを脱ぎ、ネクタイをゆるめ、ベッドに体を投げ出す。天井をながめるシーヴァスの傍らに天使はそっと腰掛けて、彼の額にかかる長い前髪にそっと触れた。シーヴァスはその優しい手の感触に目を閉じる。額に天使の柔らかい手を感じた。暖かいものが流れ込んでくるような気がする。そう、さっき、彼女と手をつないだときのように。傷つき、疲れた体を癒す力があるように、心を癒す力も彼女は持っているのだろうか。シーヴァスはそんなことを考える。
もし、今、また彼女の手をとって握り締めたら、それでも彼女はそばにいてくれるだろうか。 だが、今のこの優しい感触を逃したくなくて、シーヴァスは目を閉じて、動かずにいた。
やがて、目を閉じたままのシーヴァスから、ゆっくりとした寝息がもれるようになった。彼が眠ったのに気づいた天使は、安心したようににっこりとほほ笑んでシーヴァスの寝顔をのぞき込む。穏やかな寝顔のシーヴァスの頭を天使はそっと一度なでると、彼の傍らを離れ、翼を広げる。ふわり、と浮き上がった天使は、天空へ帰る前にもう一度シーヴァスの姿を振り返った。

シーヴァスは、一人、やすらいだ眠りの中にいた。天使の見せてくれた夢は、彼が幸せだったころのように、あたたかさに満ちていたものだった。明くる日、目覚めた彼はその夢を思い出すことはできなかったけれど。
シーヴァスは目覚めのベッドで、小さくほほ笑むと、天使にプレゼントするための花束を探すために起き上がったのだった。


to be continued






なんかちょっと不調だ〜。
というか、現代版のシーヴァスくんは、当初思っていたよりも
ナーバスでちょっと子供っぽい感じです(^_^;;)
すでに天使に対して頼ってる感じだし。これからどうなるんだろう
我ながらちょっと不安だったりして(爆)





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