by きいこ
おおきくて、やさしくて、たくましい、そんなひと。だから、そばにいるだけで、ほっとする。 「なんちゃ〜、なにが、そねいにおかしいかよ〜」 気の抜けるような口調の、無精ひげの大きな天使が、困ったように、それでいて可笑しそうに苦笑している。それを見て、フレアはますます笑いころげた。 何がおかしいのか自分でもわからない。けど、ついさっきまで寂しくて、胸が痛かったのに。虚しさに息がつまりそうだったのに、笑いがとまらなくなる。 「な、なんでもないの」 「けんど、そねいして笑えるが、ええことじゃな〜」 フレアの笑顔を見ながら、嬉しそうにうむうむと頷いている。 「うん。イーリスのおかげだよ」 自然に、さらっと言葉をすべらせて、フレアは、ちょっと口をおさえた。そんなことはない。という声が、聞こえそうな気がした。落ち込んだときルークに甘えて慰めてもらって元気になれて「ルークのおかげだ」というと、決まってたしなめるようにいわれた。フレアを気にかけているのは俺だけじゃない。君を心配する友人や皆のおかげだろう、と。わかってる。わかっていたけど。 こんなときでも、すぐルークのことを思い浮かべてしまう。 「まかしとき。わしで出来ることなら何でもするがよ」 ウィンクして、頭をぽむぽむ叩いて、そんな軽い言葉で流されて、フレアはまた笑った。小さく笑って、笑顔のままイーリスを見上げた。 「じゃ、えーと…」 ちょっと考えてから、 「わたしが呼んだら来てくれる?」 「そうじゃな〜、大声で呼べば、どこからでも飛んでくるがよ〜」 即答で言葉が返ってくる。けど、どこからでもってのは無理だと思う。と、フレアは、くすくす笑った。それでも信じるとか信じないとか次元をこえたところで、イーリスの言葉はやさしいから。 「わかった。じゃ、呼ぶから来てね?」 「聞こえんとこじゃったら、ちくと難しいかのう」 「んー。そのときはそのときってことで」 「けんどな〜、聞こえたら一目散に飛んできよるがよ。わしは行きたいところに行って遠いところにも行くけんど、いずれ戻ってくるがよ〜」 「ありがと」 頷きながら、ふと首をかしげる。前後がつながっているようでいて、唐突な言葉。ちょっとした含みを感じた気がして見上げても、そこにあるのは何にも考えてなさそうな、にゃはは笑顔で、フレアは言葉をとめた。 悲しみも寂しさもつらさも消えることはなくて。だからこそ、いまの自分に、必要なものだと思いたい。寂しさにとらわれて自分を見失わないように。 自分だけじゃないこと。ひとりでいるわけじゃないこと。こうして救いあげてくれる手があることを忘れないように。 「……それに、信じていたほうが楽だし…」 ひとりごとでつぶやくと、イーリスが気づいて「ん?」と、顔をよせてくる。フレアが不意に黙って何か考えているのを、じっと見ていたらしい。 慌てて言葉をつづけた。 「えーとね。この先だれがいなくなったとしても、わたしは戻ってきてくれるのを待つの。そして、おかえりっていうの。あきらめるよりそう信じていたほうが楽だなって……また、きっと会えるって…」 親しいひとが離れていく。寂しさは、誰にだってあるものだから。 「いなくなったわけじゃないがよ。戻るっちゅうことは、出かけてるっちゅうことじゃ〜。物見遊山で土産かかえて戻ってくるがよ〜」 のんびり、ほこほこいうから、また笑ってしまう。イーリスがいうとほんとにそんな気がしてくるから不思議だし、それに…と、くすくす笑いがこみあげてくる。どうしてこんなに可笑しいのかやっとわかった。 「イーリスって、お父さんみたい」 思ったことを、そのまま言葉にしてしまう。とたんにイーリスが、 「お父さんかよ〜」 といって大笑いした。 「うん。なんとなく、だけどね」 言葉づかいも容姿も全然ちがうのに、どこが似ているのだろうと思いつつ、旅好きで、ほとんど家にいない父のことを思った。出かけるときも唐突だし、戻ってくるときも唐突だし、そのたびに土産ものと土産話を抱えて延々と話しつづけると、またふらっと、どこかに行ってしまう。 それでも、もう戻ってこないかもしれないとは、フレアは考えたことがなかった。不思議と、寂しさも、そう感じたことがなかった。 そういうところが、似てる。 おおきくて、やさしくて、たくましい、そんなひと。だから、そばにいるだけで、ほっとする。そんなところも似てるから。 「お父さんみたい」 「なんちゃ〜、まだそねいな年じゃないがよ〜」 苦笑してから、フレアの頭をぽむぽむ叩いて、視線をそらすようにしながら、どこか低い声でさとすようにいった。 「けんどな〜寂しいときは寂しい。甘えたいとは甘える。自然にまかせておれば、道も見えてくるがよ〜。ひとりで泣くっちゃ寂しいことはしちゃいかんがのう!」 その「けんど」は、どこからきたんだろう。フレアのいった言葉や表情や態度に何か感じるものがあったのかもしれない。なんで泣いたことがバレたんだろうかとびっくりしながら、フレアはうつむいた。 「え、えーと…」 「会う会わんはたいしたことやないがよ。大事なんは心と心がつながっておるっちゅうことじゃと、わしは思うがよ〜」 「イーリスって…すごい…」 思わずつぶやくと、イーリスは大げさにウィンクした。 「やっと気づいたかよ〜」 「うんうん」 でも、ずっと「すごい」とは思っていたけど。と、フレアは空を仰いだ。寂しいのも悲しいのもつらいのも、そこに会いたいひとがいるから。だから、この気持ちを大切にしたいと思う。また寂しくなったら泣けばいいといってくれるひともいることだし、と。イーリスを見て、微笑んで、 「わたしね。イーリスのこと、好きだよ」 「わかっちょるよ」 さらっと返してくれるし。 「せっかく告白したのに驚いてくれないー」 「なんちゃ〜、驚けばよかったかいね〜」 とぼけた口調でいうから、可笑しくなる。そんなイーリスだから好きなんだなと思いながら、フレアは、声をたてて笑っていた。 おわり |