ルドルフの腕は青黒く腫れ上がり、無惨な様子になっていた。熱も高く、呼吸も小刻みで苦しげだった。 「父さん!! 父さん!」 クレアがすがりつくのに、それでもその身体をそっと撫でてやるルドルフの姿を少年は悲しそうな顔で見つめていた。 「・・・・おっちゃん・・」 大丈夫だ、とでも言うようにルドルフが頷く。クレアは、しかし、少年を振り向くとキッと睨み付けて叫んだ。 「父さんに、何をしたのよ! 何をしたの!!」 少年は黙ってその場に立ちつくす。ルドルフは苦しい息の下で、クレアを諫めた。 「・・・クレア、違う・・・彼が悪いんじゃない。 昨日、森で犬に咬まれたことを話しただろう・・・?・・・あの犬だよ・・」 「あいつも咬まれたって言ったわ! なのに、どうして父さんはこうなって あいつはなんともならないのよ!!」 そう言うクレアに、ルドルフは小さく笑いながら言う。 「・・・良かったじゃないか・・・彼は大丈夫で・・・・・ それはいいことだろう?・・・・・・わしがこうなり、彼が大丈夫だったのも そういう縁なのだよ・・・・・彼の無事を喜んであげなさい・・・」 じわり、とクレアの目に涙が滲んだ。わかってる、わかっている。父の言うことのもっともさもわかっている。でも、信じかけていたのに。少年のことも。何もかも上手く行くと、そう信じかけていたのに。 その場に立っていた少年は何か思いたったのか、家を飛び出していった。いつもの川辺を駆け下りていく。まだ朝も早く、川辺を行く人影もない。 服が濡れるのも構わず、少年はそのまま水に入った。今、自分の中に残る清浄なる気を集中して形にすれば、ルドルフの病気を癒すことができるかもしれない。深い呼吸を繰り返し、意識を集中する。 こんなことやったら、もっとアカデミアの授業ちゃあんと受けといたらよかったあ・・・ 内心苦笑しながら少年は合わせた両手の平に意識を集中していく。背中が痛い。弱々しい光が少年の手の間から漏れだしてきたそのとき。更に大きな光球が天から降りて来た。 「・・・・!?」 少年が驚いて口を大きく開けたままその光の球を見上げたとき。その中にいる人物を見て更に驚いた声をあげた。 「が、ガブリエルさまっっ!!」 「・・・イーリス・・・見つけましたよ。もう、あなたの身体も限界のはずです。 天界へお戻りなさい」 静かに、しかし厳しい声でガブリエルがそう告げる。しかし、少年はそんなガブリエルの言葉に首を横に振った。 「・・・まだ、帰れんです」 「イーリス!」 「すまんちゃ! けんど、もう少しだけ、頼む、ガブリエルさま!! まんだ、僕、帰れんのんよ、もう少しだけ、待っとうせ!」 「・・・・・・・」 言ったところで、聞きもしないだろう幼き天使のその言葉に、ガブリエルは溜息をついた。ここで無理に天界へつれて帰ったところで、どうせまた抜け出すに決まっているのだ。 「・・・・わかりました。しかし、わかっていますね、天使が地上に降りること、 それ自体、禁じられていることなのですよ。現に、あなたがこの地に留まっていることで この村だけが流行病から逃れるという不自然なことになっています。 あなた自身も、地上の気のせいで翼がボロボロではないですか」 悪戯がばれたようなバツの悪そうな顔をして幼い天使はにゃはは、と笑った。それで、ガブリエルには、この天使の狙いがわかったのだった。 「・・・やはり、そうなのですね。そのために、この村に無理をして留まっていたのでしょう」 「僕はなんもしておらん。たまたま、そうやっちゅうだけや〜」 幼い天使はそれでも、何も知らないというようにそう言った。強情なその言葉に、ガブリエルも苦笑する。 「・・・いいでしょう。それに、あなたは、地上においてあなたが出会った人々に せねばならないことがあります。」 ほっとしたような顔をする幼い天使にむかって、ガブリエルは手をかざした。 「体内の地上の気を散らします。ですが、長くは留まれないと心しておきなさい」 にゃっはっは、と幼き天使は笑いながらさんきゅーじゃあ、とガブリエルに向かって言ったのだった。 少年が家を飛び出した後、クレアはなんとか毒消しの薬草を煎じてルドルフに飲ませた。だが、これではとても心もとなく、薬草を取りに森へ行かねばと立ち上がる。ルドルフを残して行くのは不安だが、今はさきほどの薬草のせいか、少し落ち着いているようでもある。すぐに戻ってくるなら、大丈夫だろう。 クレアはそう思いきると、家を出た。飛び出した少年のことも少し気になっていた。感情的になりすぎて、彼に当り散らしたような気がしたからだ。本当は、父の言う通り、彼のせいなどではないだろうに。 森へ続く道を駆け出したとき、下に見下ろす川の中に少年の姿が見えた。服のまま、水に浸かっている。 ・・・まさか・・! 死ぬ気なのでは、とクレアは思って慌てて川辺におりようとした。だが、そのとき。 空からまばゆい光の球が少年の元へ降りていった。 ・・・・あれは、なに?! 立ちすくむようにその場に留まったクレアは、その光の中に翼ある美しい者の姿を見る。そして、その者が少年と何かを語らっているのを。 心臓が早鐘のように打っていた。自分の鼓動以外に何も聞こえないかのように、耳の奥に響いていた。あれは、あの美しいものは、魔物だ。禍々しい、魔物なのだ。あれは、人に許された美しさではない。 翼持つ者の手から柔らかな光が少年にむかってかざされ、少年の背中にも白い翼が広がった。 あれらは、人ならざる者。クレアは森へ向かわずに、一目散に家へ駆け戻った。あれらは、ルドルフの魂を狩りにきたのだ。あれらが、ルドルフをあんな姿にしたのだ。 ガブリエルに癒してもらった自分の気を使えば、ルドルフを癒すこともできるかもしれない。少年は濡れた服のまま、家へ駆け戻った。今ならまだ間に合うかもしれない。 「クレア!!」 少年は玄関の扉を思いきりよく開けた。 「入らないで!!」 しかし、そこでクレアの厳しい声に立ち止まらされた。玄関の奥、仁王立ちで少年を睨み付けるクレアは、少年に向かってナイフを向けていた。少年は驚いたようにクレアの顔を見返す。 「な、なあん・・・クレア・・?」 だが、クレアはもう、少年の言葉に耳を貸さなかった。 「出て行って、魔物! 父さんの魂はお前なんかに渡さない! お前が父さんをこうしたんだ! 父さんの魂を持っていこうとしてこうしたのね!!」 「ち、違うき〜、クレア・・・」 今なら、まだ間に合うから、と少年は焦っていた。だが、クレアの表情は固く、その瞳は強い決意を示していた。強引に・・・ルドルフの元へ駆け付けるには、クレアを傷つけることになってしまうかもしれない。 「早く! 出ていかないと・・・・!!」 クレアがナイフをふりかざす。しかし、少年は違う気配を感じて家の奥を見つめた。 「いかんちゃ、クレア、間に合わんようになるき!」 少年は身体を低くしてクレアのナイフをかわすと家の奥、ルドルフの部屋へ駆け込んだ。 「おっちゃん・・・!!」 その後をクレアが追う。大きな音をたてて扉を開き、ルドルフのベッドに駆け寄った少年は、そこで自分が間に合わなかったことを知る。立ちつくしている少年の背後にクレアが近寄ってくる。そうして、彼女も父が、もはやこの世に魂をとどまらせてはいないことに気づいてしばし、その場に立ちつくす。少年はこの場での癒しがもう無駄であることを承知しながら、それでもルドルフの上にその手をかざした。 「・・・やめて!!」 クレアが駆け寄り、少年の身体を突き飛ばす。そうして物言わぬルドルフの身体にすがりついて泣き叫ぶ。 「父さんを連れていかないで! 戻してよ! どうして、父さんなのよ!! あんなに・・・あんなにしてもらった癖に! 魔物!!!」 床に尻餅をついたようになった少年は、そういって泣くクレアをじっと見ていた。そうして、ぐっと拳を握りしめると、何かを決意したように立ち上がり、もはや隠すこともないかのように背に翼を広げる。そうして、泣き続けるクレアを置いてふわり、と床を蹴って飛び立った。 その行き先は・・・天界。 ---人でも動物でも、生き死には決められたことで、誰にも何にもどうすることもできん。 たとえ、それが神様の御使いの方であろうとも、どうすることもできんものだ。 ルドルフはそう言った。だが、幼い天使はその言葉を思い出しつつ、内心で答えていた。 ---ほんまは、違うんよ。天使は・・・人の生き死にを少しばかりなんとかできるんよ・・・ 久方ぶりに戻った天界は、あいかわらず常春の美しさに溢れ、地上の変化の激しさとは無縁の穏やかさに充ちていた。幼い天使・イーリスには、どこか退屈に、空虚に思えてしまう世界。 彼は天界の地に降り立つと、大天使レミエルのいるプレア大聖堂へと向かった。 レミエルのいるプレア大聖堂の奥には、生を全うした魂魄が納められている。その奥へ入ることが許されるのは限られた天使のみであり、魂の管理はレミエルに任されている。幼き天使は、そのプレア大聖堂へ潜り込もうとしていたのである。それが重大な禁忌であることはもちろん、承知の上であったが、それでも、行かずにはいられなかったのだ。 人の訪れることの少ないプレア大聖堂は、今日もひっそりとしていた。きょろきょろとあたりを見回し、壁にそって、時には柱の影に身を寄せながら奥へ進む。通常、ここに用のある天使でさえ、通ることが許されるのは表の宮のみ。レミエルの控える室の奥、魂たちのおさめられている部屋には入ることは許されない。しかし、幼い天使はそろそろとその奥へ歩みを進めていた。レミエルの室の前を通るときはかなり緊張したが、それでもなんとかやり過ごす。だが、問題は魂のおさめられている室の扉を守る二人の門番だった。どうにかして門番の目をごまかすか、どこかへ行かせるかしないことには、中へ入れそうもない。強行突破しようにも、二人がかりでは押さえつけられることだろう。焦りが幼い天使の手のひらをじっとりと濡らし始めたそのとき、レミエルの室の扉が開いた。あわてて、柱の影に身を隠す。レミエルは、門番二人を呼び寄せると、なにやら指示を与えている。今、扉は無防備だった。幼い天使はこれを好機と、柱から柱へと身を進め、そっと扉を音のせぬように開けると、その中へと身をすべらせた。 しかし、それは、実際にはレミエルの考えの内だった。レミエルは幼い天使が自分の室の前を通ったときにすでに気づいていたのである。そして、彼がなそうとしていることもうっすらと理解した。おそらく、このままでは彼は禁忌を犯すことになろう。しかし、ここでそれを問いただし、諭しても彼の心は納得すまい。ガブリエルから、地上でかの天使が何をしていたかを聞き及んだレミエルはそう考えたのである。だから、彼のしたいようにさせることにしたのだ。もちろん、魂は持ち出させない。だが、望むなら魂の行く末を見せたいとそう思ったのだ。生きることと、死ぬこと、天使の役割。それを彼は学ばなくてはならない。 魂をおさめる室の扉が閉まったのを見て取ると、レミエルはそっとその後を追った。扉を薄く開け、中の様子を伺う。 幼い天使は、室の中で立ちつくしていた。 魂のおさめられる室。そこは上もなく下もなくただただ夜の空のような宵闇に輝く光がちりばめられた空間だ。上は果てしなく遠く下はどこまでも落ちていくように、地平はなくただどこまでも広がっていく。まさしく、それは星の瞬く夜空だった。その一つ一つの輝きが、魂の光であり、時に蛍のように飛びゆくものは、やがてまた地上へ降り立つ者たちなのである。 幼い天使はその空間にあって、ただただ、輝く星に囲まれたように立ちつくしていた。何を思い、何を感じているのかその小さな背中からはレミエルに伺いようもないが。ふわり、と幼い天使が翼を広げ果てのない空間へゆっくりと舞い上がる。そして、そっと手を伸ばし、優しく、すくい取るように一つの輝きを手の中におさめた。手のひらの中で、小さく、美しく、儚く、しかしどこか力強く輝く魂を彼はじっと見つめていた。 「・・・きれいやあ・・・・」 そう、幼い天使が呟くのをレミエルは聞いた。 きらめく無数の光の中に浮かぶ幼い天使。彼もまた、淡く輝く光と同じく、ただただ小さな存在であるにすぎない。天使に許されているのは、命の輝きを操ることではない。それを守ることなのだ。 「・・・・おっちゃん・・・」 手の中の小さな光に向かって、幼い天使はそう呟いた。一つ一つの魂の名を、彼が知る由もない。だた、その手の中に収まった光を彼がそう呼びたかっただけなのかもしれない。ふと、レミエルは、幼い天使が泣いているのだろうか、と感じた。しかし、彼はやがて顔をあげると、その手から光をそっと放す。見上げる顔に涙は見えなかった。それどころか、何か嬉しそうな顔にさえ見えた。 そのまま、幼い天使が扉へ向かってきたので、レミエルはそっと身を隠す。幼い天使はキョロキョロと扉からそっと首を出してあたりを見回し、誰の姿も見えないことを確認して外へ出ると、走るのももどかしいのか翼を広げ、プレア大聖堂を飛び立っていった。 ・・・聖堂内を飛ぶなんて、前代未聞ね・・・ そっとその後ろ姿を見送るレミエルが苦笑を漏らす。彼が、求める魂を持っていかなかったのは、それが天界の禁忌だから、ではない。あの室の中で、かの天使がどのような答えを見いだしたかは、レミエルにはわからないが、彼は確かに、何らかの答えを手にしたのであろう。 クレアは、椅子に座って、ただ、ぼんやりとしていた。なにもかもが、現実ではないような気がした。ルドルフが、森から少年を連れてきたこと。不安と、奇妙な安らぎの同居した日々。そして、突然のルドルフの死。人ではなかった少年。 ・・・だから、言ったのに・・・お父さん・・・お人好しなんだから・・ 苦笑しようとして、失敗する。もう、涙は出なかった。これから、どうやって生きていこう? なにもかも、どうでもいいような気がした。テーブルの上には、さっき少年に向けていたナイフがある。ぼんやりと見るともなしに、その刃の鈍い輝きを見つめていたクレアは、そのナイフを手に取った。 「死ぬ気なん〜? クレア」 のんびりした声がそのとき、クレアの背後からかけられる。クレアは、その声の主を知っていて振り向いた。背に白い翼を背負った少年が、立っていた。 「・・・何をしにきたの、今度は私の魂も持っていくつもり?」 好きにすればいい、とでも言うようにクレアは投げやりに言った。それを聞いた少年は、笑った。 「いんや〜、僕がほおっておいても、クレア、のたれ死にしそうや〜」 その言葉にきっ、とクレアが少年をきつく睨み付ける。だが、少年は肩を竦めてクレアに向かって笑いながら言った。 「死にたい死にたい、ゆうて、顔に書いてあるもんなあ。 ほしたら、僕も、楽して魂持っていけるさかい、ええわあ」 「・・・やっぱり、やっぱり、お前が父さんを殺したのね・・・!!」 いつもの、屈託ない笑顔を浮かべて少年がクレアに言う。 「そうや、っちゅうたら、どうするん? クレアに、どうにかできるん?」 カアッ、とクレアの頬に怒りのあまり朱が上った。ナイフを握った手がわなわなと震える。 「・・・無理やあ。そねいなもんでは、僕のこと、どうにもできんよ」 無防備に、少年はクレアの前で両手を広げて見せた。まるで、クレアを挑発するかのように。怒りと悔しさと。クレアは後先も考えず、ただ夢中でナイフを握りしめたまま、少年の懐へ思い切り身体をぶつけていった。手応えのあるようなないような、不安定な感覚とともに、刃が沈んで行き、クレアの身体が少年とぶつかる。少年の身体に深々と突き刺さったナイフを握りしめたまま、クレアは自分のその手元を見つめる。涙がこぼれた。止まらなかった。 クレアの身体を受け止め、そっと抱きしめるようにその背中に少年は腕を回す。天使は、地上では物理的な怪我を負うことはない。だから、クレアにナイフをつきたてられようと、傷つくこともないし、痛くなどない。・・・痛くなど、ないのだ。 「全然、効かんわ〜、クレア。痛くもかゆくもないんよ。 残念やねえ、ルドルフの仇も討てんのん。悔しいやろ・・・」 その言葉にクレアの中の怒りが涙になって溢れる。もっと自分が強かったら。もっと自分に何かができたら。少年の手がクレアの顔を引き戻し、少年はクレアの瞳をじっとのぞき込んだ。今、クレアの瞳に見えるのは、怒りだ。それでええんやあ、と少年は口元で微笑んだ。 「もっと強うなりい、クレア。 生きて、強うなって、僕のこと、倒しにおいでや。 クレアが自分で死にたいっちゅうて思うようやったら、僕はクレアのことを 笑いに来ちゃる。悔しかったら、生きて強うなりやあ」 そう言うと、少年の手の平から光が溢れた。クレアはまぶしいというよりも柔らかな光の中、温かく優しいものに包まれたような気がした。 ふと気が付くとクレアはぼんやりと椅子に座っていた。 今日から、一人か・・・・ なんとなく、寂しさが胸に詰まる。だが、クレアはそんな思いを振り払うように頭を振った。 これから一人なんだから、忙しくなる。めそめそしていたら、あいつに負けたことになる。 そう考えて、あいつって誰だろう、とふと考える。なんだかおかしなの、と自分で自分に苦笑してクレアは立ち上がった。理不尽なことに・・・死は突然訪れて、クレアの大切な人を連れていってしまった。理不尽な運命への怒りが、今のクレアを支えていた。 私は、負けない。私は、生きていく。 生きて、いつかお父さんみたいな人と結婚して、家族を作って。 一人じゃなくなる。今は、一人だとしても。 それが、私を一人にしてしまった運命に負けないっていうこと。 「それで・・・彼は、どうしているんですか?」 大天使たちの茶会で、レミエルはガブリエルに向かって尋ねた。かの幼き天使が地上から連れ戻されたというのを聞いてのことである。ガブリエルは、苦笑しながら答えた。 「寝てます・・・反省室で」 ティーカップを口元に運ぶミカエルの、無表情な顔に一瞬笑いが見えた。 幼い天使は反省室の床に大の字に寝っころがって眠っていた。クレアに刺された身体は、もちろん、痕も残ってはいない。 夢の中、少年は自分の胸の奥の柔らかな部屋に入り込む。そうして、そこに並んだ無数の棚に、綺麗な石を二つ並べる。ルドルフのような青い石と、クレアのようなオレンジ色の石。あの、レミエルのプレア大聖堂で見た淡い魂にとても良く似た輝きの石。きっと、自分はこの部屋の棚を満たすくらいに沢山の綺麗な石を集めたくて旅に出るんだろう、と少年は思う。 けれど、少年はまた、知ってもいる。 この部屋のもっともっと奥。心の一番奥にある、一番綺麗で一番柔らかな部屋は、きっと空っぽのままなのだ。その部屋に入れる石は、きっと見つからない。だから、この広い部屋のたくさんの棚が綺麗な石で満たされたとしても、自分は旅を止めることなどできないのだ。 でも、今は、ちょっと疲れたき〜・・・ 再び翼をはためかせ飛び立つ時まで、今はしばし微睡みにたゆたう幼い天使であった。 END |