家具もあまりない殺風景な家の中で、イーリスはリースを編んでいた。クリスマスのプレゼント代わりに、友達にいくつか配ったのだが、この一つは自分のためである。とはいえ、小さな家の玄関には、もうすでに小さなリースがかかっていたりする。今作っているのはちょっと大きめのリース。だが、やっぱりこれも自分のためのものなのだ。 大きな体の大きな背中を少し丸めて彼は森で集めてきた蔓を編んでいた。そうして、自分にこんなふうに蔓を編むことを教えてくれた人を思い出す。物珍しげにずっとその手元を見つめていた。蔓がみるみる形を変えていくのが面白かった。その人は器用に、籠を編んだりもしたものだ。それを、珍しげに面白げにずっと見ていた。 『やってみたいのか?』 そう問われて思い切り首を縦に振った。 「ありゃあ、面白かったがよなあ・・」 そんな言葉を呟きながら、蔓をくるくると輪に編んだ。 友だちの分を作るときは、その友だちのことを考えていた。爽やか青年を自称する友だちには、海風の爽やかさをイメージして、昔に地上の海で拾ってきた貝殻や海星などを飾りをつけた。冬のリースだというのに、どこか夏っぽい出来だったのが、なんとなく我ながら傑作だと思ったものだ。 家族が家を出ている友だちには、赤い南天の実とひいらぎの葉をたくさんつけた。南天は「難を転ずる」から縁起がいいんだよ、と教えてもらったことがある。困難に負けることなく友だちとその家族が幸せであるように。もちろん、それだけというわけでもなくて、赤く小さな実と濃い緑の葉の取り合わせが、その友だちに似合うような気がしたのでもあるけれど。 蔓の癖に合わせて少しいびつな円になったその輪に、イーリスはやはり森で集めてきた松ぼっくりや、どんぐりをくるくると細い糸でつけていく。 秋の森を一緒に歩いた人がいた。 冬の野を共に歩いた人もいた。 もう会うことはないだろうけれども。会ったところで自分のことを覚えてはいないのだけれども。 くるくるといくつかの木の実をリースにつけて、それから、おもむろに立ち上がって壁につけられた棚に向かう。棚の上は誰が見たところでものが並んでいるというよりは、雑然と置かれているとしか見えない有様だった。だが、イーリスは迷うことなくその棚に手を伸ばして求めるものを取り出す。銀色のコイン。リースの真ん中にそのコインを取り付けると、イーリスは、できあがったものを両手で持ってしげしげと眺めた。 「ふむ、こねいなもんかのう〜」 そうして、そのリースを持って家を出るとばさりと大きな翼を広げて飛び立った。 クリスマスだというので、憩いの場所の教会と広場が解放されているのだった。広場は雪が降っていて、歩くたびにサクサクと雪を踏む音がする。その広場を抜けて行くと、教会がある。 そっと扉をあけるが、中には誰もいない。 ちょっとほっとしてイーリスは中に入る。肩や髪についた雪をはらおうともせず、そのままてくてくと正面の祭壇へと向かう。静かな教会の中、祭壇は清浄なる気に充ちて、聖なる天界の中にあっても特別の場所のように見えた。祭壇から少し離れた場所でイーリスは立ち止まり、じっと正面を見つめる。 神頼みという言葉はあまり好きではない。天使のくせにと笑われそうだが、奇跡というものもあまり信じてはいない。地上の人にとってはイーリスこそが奇跡を起こす使いということになるのだけれども、イーリスは自分の行うことが奇跡ではないことを知っている。人間にとってはそれは「奇跡」なのかもしれないけれども、でも、本当はそれは奇跡ではない。理解と力の及ばぬところでの出来事を人は奇跡と呼ぶのだろう。けれども、イーリスにはそれが天使の力のなせることであり、そしてそこに天使の意思が働いていることを知るから奇跡とは言わない・・・奇跡なんてものではないのだと思う。 それでもこの時期。 イーリスは再び歩きだして祭壇の前に立つ。そうして作ってきたリースをそっと祭壇に置いた。 もう会うことのない友だちのために。 どうか、彼らの上に幸いが降り注ぐようにと祈る。 もう会うことのない彼らに、もうイーリスの力の届かない彼らに、ささやかでも幸福が訪れてくれればいいとそう思う。 帰りに広場に立ち寄ったイーリスは、人もまばらなその場所に立ち止まって天を見上げる。どこからともなく降ってくる雪を見つめ、祈るように目を閉じる。そうして手を天に向かって広げるとそのまま、ぼすん、と雪の上に仰向けに倒れ込んだ。そして再び目をあけて天を見る。まだ誰も踏み荒らしていない雪の上にイーリスの人型がついている。そのまま寝っころがって空を見上げているイーリスの上に、ふわふわと雪が降り注いでいく。 雪の中を一人歩いている子供がいた。 とぼとぼとした歩みは何か宛があるようでもなくて。賑やかな通りを歩きゆく人々は、そんな子供を振り向きもせず。随分と歩いてきたのか、頭は雪で白くなっていた。 『坊主、どうしたがよ〜』 そう声をかけると立ち止まって振り向いた。近づいて、頭に積もった雪を払ってやる。 『お父様とお母様とはぐれてしまったんだ。屋敷がどちらかよくわからなくて困っている。』 幼げな様子のわりにしっかりした受け答え。だが、どうにも困っているのは目にみえて。それでも泣かないのは生まれながらに持っているプライドが支えているのだろう。イーリスは笑って彼の手をとる。小さな手にはめられた手袋が、彼が両親から受けている愛情を偲ばせた。それでも、雪を避けられない頭が冷たそうで、イーリスは自分がかぶっていた帽子を彼にかぶせた。ちょっと驚いた顔をして彼がイーリスを見上げる。 『友だちからもろうたもんじゃよ〜。あったかいじゃろ?』 にっこり笑ってそう言うと、彼は頷いた。そうして、すまない、と答える。そうしてしばらく歩いていくうちに、通りの向こうから馬の駆ける音が聞こえた。誰か名前を呼ぶ声もする。イーリスが手をつないでいた子供はその声にイーリスの手を抜けだして駆け出す。 『お父様!』 彼を見つけ馬を飛び降りた父親が、その体を抱き上げる。 『まったく! 随分と探したぞ! クリスマスというのに、お前を心配して家で待つお母様の事を考えてみるがいい! 勝手に歩いていってはいけないとあれほどいっただろう?』 『ごめんなさい、お父様』 イーリスはそのやりとりを眺めている。その父親をイーリスは知っていた。変わらぬ金の髪は、しかしイーリスが見知ったころと違って短くなっていた。顔もすっかり精悍な父親の顔になっている。 『その帽子はどうしたんだ?』 『ああ、あの方に貸してもらったのです・・・』 二人がイーリスの姿を探す。だが、イーリスの姿はもうその場になかった。 ・・・ああ、元気そうじゃったのう〜良かったがよ・・・ 寒空に一人、なにやらくしゃみをしている男がいる。 街角に立ち、誰かを待っているようだ。しかし、その格好は冬というのにどうにも薄着で。 『なんね〜、兄ちゃん、えろう寒そうやがよ〜』 そう声をかけると、その男はイーリスを振り向き、またくしゃみをした。その手には赤いバラの花束が握られている。 『ははは、冬のいっちょうらがこの花になっちまったんさ〜』 男はそう言って朗らかに笑った。 『好きな人をデートに誘ってオッケーをもらったんさ〜。 でも、俺は田舎者だから、プレゼントになるようなもの持ち合わせてねえし、 金も持ち合わせていねえし、だから、一張羅を売って買ったんだ』 寒いけどよ、はーとは燃えてるのさ。 そう言って男がもう一度朗らかに笑った。イーリスはしばらく考えて、それから頷くと、 『けんど、そねい格好やあ途中で寒うて風邪ひいて台無しになってしまうがよ〜。 これでも着ておるとええっちゃ。』 と言って着ていたセーターを脱いで男に無理無理に着せた。 『ええ、でもあんた寒いんじゃねえの』 そう言う男に平気じゃよ〜と手を振る。そこへ駆け足でやってくる女の姿が見えた。 『寒いから中で待っててって言ったじゃないの あたしのせいで風邪引いたなんて言われるのごめんだわよ』 ちょっと怒ったようにそういう女の目が男の手の薔薇の花にとまる。 『クリスマスプレゼント!』 そう言って差し出される花束に、怒ったような顔に朱が昇る。ああ、あれは照れてる顔じゃよなあ。イーリスはそれを微笑みながら見つめていた。その女をイーリスはよく知っている。あの頃と同じゆるいウェーブのかかった髪。キツイ言葉は照れ隠しとこれ以上傷つかないための防衛策で、本当はとても優しい心の持ち主だった。その人の涙をイーリスは知っている。イーリスの胸にこぼした涙を覚えている。けれど・・・ 『大丈夫じゃねえ。 今度、姐さんが泣きたいときには、胸を貸してやれる者が ちゃあんとおるよなあ。』 頷いてイーリスはその場を離れた。 家の前で懸命に雪だるまを作っている子供がいる。 自分と同じくらいの大きさの雪玉を一生懸命ころがして、やっと二つの雪玉ができたというのに、それを積み上げることができずにいる。 『わはは、ちくと大きいつくりすぎたかのう〜』 そう声をかけるとイーリスを振り向き、それでも懸命に自力で雪玉を重ねようとしていた。 イーリスは子供に近づくとよいせ、と横から雪玉を持ち上げ、もう一つの雪玉の上に乗せた。そうして、ぽんぽん、と転がり落ちないように馴染ませる。 『大きいのんができたのう〜! こりゃええがよ』 『お父さんの代わりなんだ! 冬の間、家の見張りをしてくれるんだよ』 子供は嬉しそうにそう言う。 『なんね、お父さん、どうしたがよ?』 そう尋ねると子供はさも自慢げに胸を張って答えた。 『俺の父さんは騎士なんだ! 騎士団長をしてたこともあるんだぜ! 今は、自警騎士団をとりまとめていて、辺境警備に出てるんだ。 春になったら家に帰ってきてくれるんだよ。 俺も将来は父さんみたいに強い騎士になるんだ!』 『おお、なるほどのう! ほいだら、この雪だるまが冬の間はお父さんっちゅうわけやね〜』 家の玄関を守るように立つ雪だるまをイーリスはにこにこと眺める。子供は木片を顔に埋め込んで目鼻をつけると、自分が巻いていたマフラーを雪だるまに巻き付けた。 『父さん、寒いところに行ってるから、風邪ひいたりしないようにって思ってさ。』 不思議そうな顔をしたイーリスにむかって子供がそう言う。その言葉に、イーリスはにっこりと笑うと、自分が巻いていたマフラーをその子供の首に巻いてやった。 ちょっと驚いたような顔でイーリスを見上げる子供に、家の中から声がかかる。 『もう暗くなるし夕飯ができたから入っていらっしゃい!』 子供が返事を返し、これ・・とマフラーをイーリスに示そうと振り向いたときには、もうイーリスの姿はなかった。 子供の父親をイーリスは知っている。今も騎士として働いているのだと思うと彼らしいと思う。彼の子供もきっと父に憧れ騎士になるのだろうとふと笑みがもれた。 「お前、死ぬ気か」 ふいにそう言われてイーリスは目を開けた。広場でねっころがったまま、随分と雪が積もってしまっていた。顔だけ掘り起こされて、傍らに立った人物に見下ろされている。 イーリスはむくりと起きあがった。帽子もマフラーもセーターもちゃんと身につけたままだった。 「おお!」 ぶるぶると体をゆすって雪を払い落とし、夢だったか、と頷く。でも、半分は夢ではあるまい。彼らはきっと、今、あのように生きているのだろう。そう思うと、知らず笑みがこぼれた。 「・・・寒さが脳に来たのではないだろうな? もっとも春まで雪に埋もれて冬眠したいというなら止めないが。 だが、場所はもっと選ぶんだな。こんなところで雪に埋もれていられては 通りかかったものが迷惑だ」 イーリスを起こした男がそう言うのを、半分ほどで聞き流してイーリスは嬉しそうにその男に言う。 「いやあ、ええ夢見たがよ〜! やはり、クリスマスじゃねえ!」 さっぱり訳の分からない男が不機嫌そうに溜息をついて 「・・・やっぱり、お前には付き合いきれん!」 と言い捨てるとくるりと向きをかえて歩き去ってしまった。しかし、イーリスはその場で天を仰ぎ、うれしげに笑う。 どうか。 もう会うことのない皆の元に幸せが舞い降りることを。 まだ会えない皆に幸せが訪れることを。 生きる全ての生命に、ささやかな奇跡が訪れることを。 この時期ばかりは、奇跡というものがあってもいいと。 そんな風に思ったのだった。 END |