聖乙女になることが夢だった。 聖乙女になるために、1年間がんばってきた。 けれど、なんとなくその夢は今一つ現実感がなくて、 自分が聖乙女になったらどうなるかなんてことは考えられなかった。 聖乙女候補生になってからの1年間は、 アシャンにとっては、これまでと全く違う生活だった。 見るもの、学ぶこと、そして、出会う人。 すべてがこれまでの自分の住んでいた世界と異なる。 ホームシックになりそうだったときもあったが、 何時の間にか、ここは居心地の良い場所になっていた。 ずっと、このまま、こんなふうに過ごせたら。 試験の期間には終わりの時がある。そんなことも考えたくなかったくらいに。 その日、カインが聖女宮へアシャンを訪ねてきた。 寡黙なことは、別にいつものことだったが、 その日の彼は、何か言いたい様子だった。 休みの日にともに過ごすことが多くなって、 彼の無口さには慣れているアシャンだったが、 「アシャン、俺は、ずっとお前を見守っているからな」 まるで別れの言葉のような彼の口調にはとまどいを覚えた。 「どうかしたんですか? カイン様、今日は変ですよ」 「・・・・そうか、そうかもな。いや、いい。 では、またな」 その笑顔が、不思議に心に沁みて本当になにかあったのかと不安になり、 部屋に戻ると、ファナが待っていた。 「おめでとう、アシャン、あなたが聖乙女ね」 「えっ?!」 それは、自分が待ち望んでいたはずの知らせだったけれど、 アシャンは、自分が思ったほど嬉しくないことに気付いていた。 「なによ、どうしたのよ。嘘じゃないわよ、喜ばないの?」 「ううん、なんだか、まだ、信じられないみたい。 嬉しいはずなのに・・・」 「やあね。・・・もう、アシャンなんて気安く呼べなくなっちゃうわね。 悔しいなあ、あんたやミュイールに、ファナ様、なんて呼ばれてみたかったわ。」 聖乙女になること。それは、国中の少女の憧れだ。 国を守り、皆から尊敬され、敬愛され、国民すべてを愛する聖なる乙女。 「やだ、ファナやミュイールは、アシャンって呼んでよ。」 「私たちだけじゃないわよ、聖騎士様たちからも、アシャンティ様って呼ばれるようになるんだから」 ちょっと意地悪そうにファナが言う。 それは、また、新しい生活の始まりを意味する。 居心地の良かった候補生としての生活から、聖乙女として 職務に励む厳しい生活が始まるのだ。 これまで、自分を教え導いてきた騎士たちを従え、国を守るのだ。 その責務の重大さに心が重くなるということもあったが、 アシャンの胸の痛みはそれが原因ではないようだった。 『・・・・もう、アシャンって呼んでもらえないんだな。 一緒に、街を歩いたり、いろんなことを教えてもらったり。 そんなこと、できないんだ』 そう思った瞬間、ひと粒、涙がこぼれた。 「やだっ、どうしたのよ、今頃、うれし涙? それとも、これからのこと、心配してるの? 大丈夫よ、あなたなら、なんとかできるってば!」 慌てたファナがバツが悪そうに言う。 「あたしやミュイールを抜いて、聖乙女になるんですもの。 ちゃんと、立派な聖乙女になってくれないと、困るわ」 その言葉を聞いて、アシャンは、頷く。聖乙女になりたいと願いながら、 かなわない少女が多くいる。自分は選ばれたのなら、 感傷を捨てて、職務に勤めなくてはならないだろう。 ファナや、ミュイールの分までも。 「そうね、ファナやミュイールの分まで、がんばるから。見ていてね」 アシャンはそう言うと、まだ少し涙の残る顔でにっこりと笑った。 遠く離れてしまうよりもいい。 まだ、一緒に闘うことはできる。 『俺は、お前をずっと見守っているからな』 その言葉だけが、アシャンの胸に響いていた。 |