時の船 4

いつも思うのだが、自分が聖乙女になってから、 聖乙女らしさを身につけたように、 彼ら聖騎士団長も、団長職についてから、 団長らしさというものを身につけていったものなのだろうか。
人望、能力、騎士団長に推されるにはそれなりの条件がある。
レオンのような人間がみなから信頼されるのはよくわかるような気がするが、、 たとえば、ジャンのような少年が団長を務めていると知ったときは、 とても驚いた。そんな彼も今ではもう立派な青年だ。
今朝、まだ年若い新参の騎士たちをつれて、 蒼流騎士団が哨戒訓練に出たのを見送りながら、 アシャンティはそんなことを考えていた。
聖乙女になって4年、当初はそのプレッシャーに押し潰されそうな気持ちにもなったが、 今では毎日の公務にも慣れ、 新たに配属された騎士たちに励ましの声をかけたりもする。
けれど、ときどき、そんな自分の声がとても空々しく聞こえるのも確かだった。
たぶん、自分は心の一部をどこかに置き忘れているのだろう。
どこにあるかは、わかってはいるのだけれど。

明くる日の夕方、いつものように公務を終えて、 聖女宮に戻ったアシャンだが、 慌ただしく王宮に向かう騎士団の伝令の姿に不安にかられた。
やがて、王宮からの使いがアシャンの元に訪れる。
「アシャンティ様、急な報告です。
 哨戒訓練中の蒼流聖騎士団が何者かに襲われました。
 戦闘になっている模様です。王宮へお越しください」
その言葉に一瞬、頭の中が真っ白になる。
しかし、アシャンティはすぐに平静を装い、言葉をかける。
「わかりました。すぐに向かいます。各聖騎士団長も王宮に集めてください。」
そう言いながらも、ひざが震える。声が震える。
・・・・しっかりしなさい、アシャンティ! あなたは聖乙女なのよ!
深く呼吸を繰り返すと、アシャンティは王宮へ向かった。
あちこちに傷を負いながらも、王都へ戻った伝令は、 アシャンに戦闘の様子を伝えた。
「今回は実戦経験の少ない者が多く、苦戦しています。
 団長自ら前線にて、戦っておられますが、
 味方の戦力を保持しつつ撤退するのが精一杯かと」
「それで、敵はいったい、何者なのですか」
「ギアールの残兵ということです。
 団長のお考えでは、各地の国境で同様に蜂起の準備を進めているはずとのこと」
「・・・・わかりました」
集まった聖騎士団長も、緊張の面持ちで報告を聞いている。
「燐光聖騎士団を出します。蒼流聖騎士団の援軍に向かってください。
それから、嵐雷聖騎士団と深緑聖騎士団は、各地の国境警備に向かってください。
蜂起を未然に防ぐのです。
もう一度、このアルバレアを戦火の元にさらすわけにはいきません。」
「わかりました」
聖騎士団長たちが慌ただしく騎士団のもとへ向かう。
夜にもかかわらず、王都をあとにして騎士たちが各地へとちらばってゆく。
アシャンも聖乙女として騎士団に随行することもできたが、 王都の守りを赤炎聖騎士団のみにまかせているため、 万が一のことを考えると王都を離れることはできなかった。
聖女宮の自室で、アシャンは祈り続けていた。
前線で戦い続けていたというカインは、無事であっただろうか。
戦場から生きて戻るという、自分との約束を覚えているだろうか。
もし、自分が彼とともに戦場にあったなら、 彼を守ることもできたというのに。
アシャンは祈り続けていた。
それは、聖乙女としては禁忌の祈りであった。
すべての民を平等に愛する。すべての民の平穏を祈る。
それが聖乙女に課された祈りだ。
だが、アシャンは今、ただ一人の人間のために祈っていた。
彼の無事を祈り続けていた。
彼一人のために世界を失うことになろうと、
世界のために彼を失うことに耐えられない。
彼は傷を負っていないだろうか。
苦しんではいないだろうか。

窓辺で祈るアシャンは、一瞬、うとうととしたらしい。
彼女は、カインの天幕に立っていた。
腕を怪我しているらしいカインが、熱にうなされている。
そっとその額に触れる。
「アシャン・・・?」
カインがうわ言のように彼女の名前を呼ぶ。
涙がこぼれた。そっと腕に触れる。癒しの魔法を呟く。
許されないこととわかっていても、そうせずにはいられなかった。
「アシャン・・・」
彼が自分の名前を呼んでいる。彼が自分を求めている。
そうだ、いつも、彼はアシャンを見守っていてくれた。
それを感じていた。
「・・・カインさま」
そう呟くと同時に、アシャンは自分が聖女宮に戻っていることに気づいた。
東の空が、白くなりつつある。
アシャンには、自分がどうするべきか、わかっていた。

「アシャンティ、どうやら蒼流聖騎士団も無事であったようじゃな。
 どうしたものかと思ったが、よかった。
 各地の国境へ向かった嵐雷聖騎士団と深緑聖騎士団も、
 かなりの成果が見込めそうじゃ。
 戦になるまえに芽を摘むことができてよかったの」
アルバレア国王は、昨夜の緊張の様子とはうってかわって
今朝の伝令の知らせに、喜びをあらわにしていた。
戦闘の終了と、負傷者はいるものの、騎士団が無事であるという知らせが届いたのだ。
しかし、アシャンは、厳しい表情で国王の前にひざまずく。
「どうした? アシャンティ。なにかあるのか?」
玉座から身を乗り出して国王が心配そうに尋ねる。
アシャンは、自らが出した答えを告げた。
「陛下、私は聖乙女の職を辞させていただきたく、お願い申し上げます。」
「なに! アシャンティ、それは、どうしてじゃ? もしや、力に陰りが見えたのか?」
「いいえ、いいえ、違います。けれど、陛下、私はもはや、聖乙女たる資格を持っていないのです」
アシャンはうなだれた。万民を等しく愛することはもうできない。
国をおいても、守りたい人がいるのだ。
国王は、そんなアシャンティに優しく言った。
「アシャンティ、わしが国王になって以来、多くの聖乙女がこの国を守ってくれた。
 マリアのように、力の衰えとともに職を交替したものもいたが、
 そうでないものもいた。
 聖乙女は、国のため、国民のために務めてくれるが、その職ゆえに、
 聖乙女自身が不幸であるならば、その職に意味はない、とわしは思う。
 国のために務めてくれた聖乙女が、自らの幸せを求めるものであれば、
 わしも、アルバレアの国民も、それを祝福しよう」
その優しい言葉にアシャンは、声もなくひざまづいたままでいた。
「そなたのために、あらたな聖乙女試験を行うものとしよう。
 次なる乙女たちを、どうか導いてやってくれ」
「ありがとうございます、陛下」
やっと、アシャンはそう言った。
「・・・・ところでの、アシャンティ、お前の思い人は誰なのじゃ?」
アシャンは、とたんに頬を染める。
「ははは、まあよい。いずれ、わかるものじゃからの」

王宮を出て、アシャンは深呼吸をする。
聖乙女でなくなったら、彼に、伝える。
そう、決めた。






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