時の船 5

聖乙女試験は、けして簡単に始まるものではない。
試験開始が公表されるまでの間に、アルバレア各地の少女の記録が 王都へと集めらた。
その中から、優れた資質を持つ少女のみが選ばれることになる。
それは、能力という点はもちろんではあるが、 生まれ年、月、日、つまり、少女の持つ星の宿命や 血筋にも関わるものなのだ。
騎士団が国境のギアール軍残党制圧に忙しいころ、 アシャンもまた、次の聖乙女となるべき少女を探すのに忙しかった。
自分も、このようにして選ばれたのかと思うと、 数限り無いアルバレアの少女の中のただひとりとなった 運命の不思議さを感じた。

聖乙女試験の開始が告げられたとき、 各聖騎士団長たちも、少し驚いたようだった。
確かに、まだアシャンの聖乙女としての能力は、 衰えた様子は見えない。
だが、誰も理由を尋ねるものはいなかった。
それは、もう決定であり、騎士団長が異義を挟む事柄ではないからだ。
王都に集められた新しい聖乙女候補は4人。
アシャンの頃よりひとり多い。
しかし、通常は4人から5人の候補があがるといわれているので、 逆に言えばアシャンの時が少なかったといえる。
いまだ幼さも残る少女たちを見て、自分もああだったのだと思う。
ときに、失敗をくり返し、悩み、それでも懸命な少女たちを見守るアシャンは、 自分たちを見守ってくれたマリアの事を思い出す。
そして、彼女もきっと今の自分と同じように、 優しい気持ちで聖乙女候補生を見守ってくれていたのだと思った。
まるで昨日の事のように思い出せるというのに、 なんと自分は遠いところまで来てしまったことだろう。

試験期間も半ばをすぎたころ、一人の訪問者が聖女宮に現れた。
「アシャンティ様、おひさしぶりです」
「ファナ! 本当にひさしぶり、試験以来じゃないの!」
それは、かつてアシャンとともに聖乙女試験を受けた候補生、ファナだった。
「ええ、あれからずっと世界中を見てまわって、あちこちに留学していたんです。
 やっと王都に戻ってきたのですが、聖乙女試験が行われているとお聞きして」
「ファナ、約束を思い出して。あなたは、私のお友達なんですもの。
 あなたくらいは、私のことを以前のようにアシャンと呼んでくれなくちゃ」
アシャンの言葉に、それまでかしこまっていた様子のファナが、くすり、と笑う。
「変わらないのね、アシャン。元気そうで良かったわ」
「ファナこそ。来てくれて、本当にうれしいわ」
離れていた年月などないかのように、かつてと同じ友人としての会話が再開した。
「ずっと、何をしていたの?」
「いろんな国を見てきたわ。
それに、魔術や法術や歴史、いろんなことも学んできた。
とっても、自分にとって有意義な時を過ごしたと、思うわ」
「そう・・・・良かったわね」
「ええ。ただ一つを除いては、ね」
ファナは、意味ありげにそう付け加えた。
が、その先を言おうとはせず、話題を変える。
「久しぶりに戻ったので、おじいさまが晩さん会を開いてくださるの。
 アシャンにも招待状が来ているのではなくて?」
ファナの実家、ライエンダイク公爵家は、古くからの名門貴族だ。
その家の晩さん会といえば、主だった貴族にも招待状が届けられる。
国の要となるアシャンにも当然のことだが、送り届けられるのだ。
「ええ。ファナの帰国のお祝なら、もちろん行かせていただくわ」
「本当はね、私がおじいさまにお願いしたの。晩さん会を開いてほしいって」
ファナが視線を落としてそう言う。
「ファナが?」
アシャンは意外に思ってそう言った。
候補生の頃から、ファナは自分がライエンダイク公爵家の血筋であるということを、 ひけらかすことはなかった。むしろ、その名を用いて自分の意を通すことは、 いさぎよしとしない人間だった。
そのファナが、祖父に頼んでその家名によって晩さん会を開いてほしいと言う。
「どうしても、会いたい方がいるの」
「・・・・誰?」
ファナは、小さくため息をついて答えた。
「ロテ−ル様よ。
 私ね、候補生のころ、ずっとロテ−ル様のことが好きだったの。
 王都を離れて、世界を見てまわって、自分をもっと磨こうと思ったのも、  ロテ−ル様のためなの。少しはね、忘れられるかなって思ったけど、  でも、ダメだったの。
 もう5年も立つし、他のことでは  私もすっかり大人だというのに、ロテ−ル様に対する思いだけは  あのころのまま、残っているのよ」
そういえば、あのころ、ファナはロテールと仲が良かった。
「ロテ−ル様に、言えばよかったのに。」
「・・・言ったの。私。ロテ−ル様に、好きですって。
 でもね、ダメだったの。
 ロテ−ル様はね、 花の色さえ時とともに変わり行くのに、
 どうして人の思いは変わらないと 信じられるんだっておっしゃったわ。
 ロテ−ル様を好きという私の気持ちも、時とともに色褪せるって。
 だから、自分は今という時しか女性とは共有しないんだって。
 私、それを聞いて思ったの。今の私じゃダメなんだって。
 この方に、真実の愛を捧げようと思ったら、
 時を経ても変わらないものを見せないとだめなんだって」
「晩さん会、もしかして、ロテ−ル様に会うために?」
「そうよ。ヴォルト伯爵ですもの。おいでになるでしょう?」
「あのね、ファナ。
 私、きっと、ロテ−ル様もあなたのことを好きだったと思うわ。
 あの方はね、御自分の好きな人には、わがままをいって甘える方よ。
 きっと、あなたが、変わらない思いを見せるのを、待っていると思うわ」
「そうかしら」
ファナは、笑った。
「でもね、なんだか悔しい気もするから、
 ずっと好きだったなんて、言わないつもりよ。
 それに、ほら、あのころよりも私、ずっといい女になってるでしょ、
 もしかしたら、ロテ−ル様のこと、なあんだ、なんて思っちゃうかも」
ファナはそう言うが、アシャンにはそれがファナらしい強がりだとわかっていた。
黙って微笑むアシャンに気付いて、ファナは照れくさそうに付け加えた。
「・・・どっちにしてもね、17歳の頃の気持ちには、終わりを告げるつもり。
 そこでおしまいになるか、また、新しくロテ−ル様への恋が始まるか、
 今は、どきどきしながら、待ってるの。」
自分も、ファナと同じかもしれない。
あの頃の思いをかかえたまま、ここまで来た。
まだ、始まってもいない恋を胸に秘めたまま。
「がんばってね。ファナ。」
アシャンはそう言うと、冗談めかして付け加えた。
「でも、ロテ−ル様に会うなら、わざわざ晩さん会なんて開かなくても
 街を歩くだけで会えそうにも思うのにね。」
「だめよ、アシャン。偶然のふりして会うっていうんでしょ。
 だめ、そんなその場で口説かれるような出会い方じゃ、うまくいきっこないわ。
 一筋縄じゃ行かない方ですもの、こちらもそういかないと」
思う気持ちは、あの頃も今も変わらない。
ファナの思いが通じればいい、と思う。
そうすれば、自分の気持ちも届きそうな気がする。
ファナが、ロテールとの一つの区切りを待っているように
アシャンもまた、カインと始まるその時を息をつめて待っているのだから。






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