「はじまりの唄」ディアン×ヴィスティバージョン 猫まねき作 この作品は、津神森生さんの作品「はじまりの唄」から構想を頂き、ご本人の了承を得た上で書いている創作小説です。でも、主役は彼等じゃありません…。 ―プロローグ― おっ。お前、どうした? 何か聞きたげな顔してるじゃねぇか。 ……んだよ、随分真剣な顔して…、どーしたんだ? …んぁ? 俺の初恋はいつかって? ンなこと、どーでもいいだろーがよー。 おい、ふてくされよっ、ンなことでッ。 あああ、なんだって布団かぶって俺を避けようとするんだよっ。 …ったく、しゃーねぇなよなぁ…結局、お前には弱いんだよ。俺は。 ンとによぉ…寝物語の代わりに面白ぇ話、聞かせてやるぜ。 だからこれで機嫌直せよな。 まともに聞いてるととても信じられねぇような…でも、本当の話さ。 こんな話まともに聞いてくれる奴ぁお前くれぇしかいねぇからよ。 俺の話が退屈だと思ったら寝ちまってもいいぜ? どうだ? 聞きてぇか? そーか? 聞きてぇか? なら、話してやるさ…。 耳かっぽじってよーく聞くんだぜ? (1) 俺がお前とまだ巡り逢う前の少し前の話さ。 俺はいつものとおりあるところに盗みに入ろうとしたんだ。 何処の家に盗みに入ったと思う? あの「氷の姫」の家だよ。 お前も噂くらいは聞いたことのあるだろう有名な娼婦だぜ。 え? 知らねぇって? しゃーねぇなぁ、お前、お嬢育ちだモンな…。 裏街の事、知らねぇのも無理ねぇか。 まぁ、俺がその名前を裏街から消しちまったってのもあるんだがな…。 「氷の姫」ってーのはよ…、キンバルトやクヴァールを根城として、荒稼ぎしまくっていた凄腕の娼婦だったのさ。 素性は全くの謎に包まれていて、気品・美貌・物腰は超一級、長く美しい空色の髪と深く澄んだ闇色の瞳が、見るものをたちどころに虜にしてしまうと噂された極上クラスの高級娼婦だ。 だが、金を積んだ相手なら誰とでも寝るくせに、ひとたびその身を独占しようとする者が現れると、それがたとえ一国の国王であっても、あの手この手を使い、断固として拒否するという冷徹な一面を持つ処から、いつしかその娼婦は誰にも心を許すことのない…氷の姫と呼ばれるようになったといわれていた。 そいつの家がキンバルト国内にあると言う話を俺の子分から聞いて、ならばぜひとも盗みに入りましょう…ってんで部下の情報を元に、俺はそこに向かったわけだ。 ところが…だ。 辺りを見まわしてみても、それらしき金をもっている家が見あたらねぇ。 部下の情報によるとこの辺りだと言われ、それでも血眼になって探したが、駄目だった。 なら、見つけてしまえって事で、今度は部下に氷の姫の家を探し出させたんだ。 が、部下達が見つけ出してきた氷の姫の家を見て、俺は愕然とした。 何故かって? そいつの住んでいる家が、金なんか全くねぇ…って感じのボロ家だったからだ。 ボロいのは見かけだけで、中に金でも溜めこんでいるのかと、忍び込んで中を物色しても、金目のものは一切見当たらなかった。 あるのはただ、生活に必要な最低限の衣服と道具、それに娼婦の衣装と最低限のアクセサリーが少しだけ。 そのアクセサリーすら、そんなに高いものじゃねぇんだぜ。 唯一ある金目のものといえば、衣装箪笥の底に上等な布に包まれ、大切に保管されていたダガーくらいなモノだった…。 でも、それだって売り捌いても大した金額になる代物じゃなかった…。 俺は驚いた…。 …その娼婦が稼いでいるお金は、何処に消えてしまっているんだ? そう疑問に思った俺は、とりあえず、そのダガーを自分の懐にしまったあと、強盗覚悟で家人の出入りを待つ事に決めたんだ。 そして、あいつは朝日と共に自分の家に入ってきた…。 あいつは流れるような水色の髪と何もかもを見とおすような闇の瞳を持つ噂通りの凄まじい美貌の持ち主だった。 娼婦の服を着てはいるものの、一国の王女と言われても通じるような気高さ…それがあいつを鮮やかに彩っていた。 俺も思わず見とれたものさ。 …なんだ? やきもちか? …俺とあいつはそんなんじゃねぇよ。 …完全な俺の一方通行の恋だったんだ。 …つべこべ言うなら、続きを聞かせねぇぞ。…こら。 …え? 分かったから続きを早くしゃべってくれって? …よしよし、最初っからそーいえばいいんだよ。 …ったくよぉ、世話のかかるやつだよなぁ、お前って。 …いてっ、枕投げ付けることねぇだろ? …はぁ、早く、話つづけろって? 仕方ねぇなぁ。 家の中に入ってきたあいつはいとも優雅な仕草で質素な椅子に座り、強盗覚悟でテーブルの上にいすわっていた俺を見ても叫び声一つあげることもなく、微笑をもって俺を出迎えやがった…。 それどころか…インフォス中でも謎とされている俺の正体をあいつは、軽々と言い当てやがった。 さすがの俺も、これには驚きを隠せなかった。 だが、そいつは俺の狙いを知ってもなんの驚きも見せなかった。 そして、何を思ったのか、そいつはえも言われぬ美しい微笑をそのツラに浮かべ、俺の前に一枚の紙を手渡した。 「あなたなら、このお金を貧しい人達の為に使ってくれるわよね。」 …と、そう言ったのさ。 そいつが俺に手渡した紙は、小切手だった。 「今日の稼ぎはこれだけしかなかったから…」 と、そいつは言う。 それでも、インフォスの1家族が3年は遊んで暮らせる位の金額がその小切手には書かれていた。 そいつを一晩で稼ぎ出したのだから、確かに凄腕というだけのことはあるらしい…と俺は思った。 だが、何故、てめぇの家に入ってきた泥棒にそれだけの金額をあっさりと俺に手渡したのか…、疑問に思った俺は思わず聞いちまったのさ。 「てめぇが稼いだ金なのに、何故てめぇが使わねぇ?」 そう言うと、何故かそいつは困ったような…見てるものが切なくなるような微笑を浮かべ、こう言ったのさ。 ”私が使っても、意味がないから…” …ってね。 意味のねぇ金を何故稼ぎ出す必要が何処まであるのか…、俺はこいつの頭がおかしいんじゃないかと思っちまった。 そんで、俺、思わず、返しちまったんだ。その小切手。 頭のおかしい奴から、金を盗む趣味も俺には無かったからな…。 そしたら、あいつは、何故か俺を懐かしむように手を口にあててクスクスと笑いながら、いつものように手馴れた素振りで箪笥の小さな引出しから封筒を取り出すと、封筒に何かを書きとめて、小切手をその中に入れやがった。 なぜ、自分で稼いだ金を自分で使おうとしないのか…、そのことに興味をもった俺は、しばらくあいつに引っ付いて見ていたんだ。 あいつの行動の全てを…何も手だしすることもせずに、ただ黙って見守ることにした。 (2) あいつは、娼婦としてはごく普通の生活を送っていた。 朝方に眠り、日が夕方に差しかかろうとしたときに起き上がり、いつもの支度を始めた後、花街に出かける。 そしてまた朝方に帰ってきては、今日の分の稼ぎから自分の最低限の生活費を抜いた後、貰ったアクセサリーも全てお金に替え、それを小切手にして、封筒に入れ、普通の女の格好をして郵便屋に渡す…そう言った生活の繰り返し。 娼婦の時と違っていたことといえば、日中に外に出る時、徹底的に水色の髪の毛を帽子やスカーフで隠していたことと、特定の郵便屋に小切手をたのもうとしなかったことくらいだったな。 どうしてあいつがそうまでして娼婦という仕事にこだわっていたのか…俺にはとうとう解せなかった…。 あいつくらいの器量なら、誰かの愛人として暮らしている方がよっぽど楽な生活ができるのに…。 俺にはどうしてもそれが疑問だった。 噂話の中には、デュミナス帝国の国王が自分の寵姫として迎え入れると申し込みをされていたにもかかわらず、氷の姫はいともあっさり断った……という話もあったそうだ。 多分、嘘ではないのだろう…。 そう思わせる何かが、そいつの中にはあったのさ。 前にそいつに聞いてみたことがある。 なぜ、貴族の愛人になろうとしねぇのか…ってね。 ”誰にもこの身を独占されるのは嫌だから。” …そう、無表情にそいつは答えたのさ。 あと…こうとも答えたんだ。 ”この身なら、この仕事をすることによってたくさんのお金を稼ぎ出せるから…それが私の喜び。” だとよ…。 自分で稼いだ金を自分で使おうともしないくせに、何故そうまでして金を稼ぎたがるのか…俺にはさっぱり分からなかった。 そんなあいつを見ているうちに、訳のわからない頭痛が俺を襲いはじめて来ていたんだが、それでも、そいつが、どんな考えから娼婦なんて生活をはじめたのか、その手がかりを探すために、俺は考えをめぐらせた。 まずは、そいつが執着している「お金」を一体何処へ送っているのか……………………。 そのことを不思議に思った俺は、郵便屋からその封筒を失敬し、そのあて先を調べることにした。 盗みはお手のものだったから、すぐ送り先は分かった。 封筒のあて先には、貧しい奴らからは金を一銭も取らずに治療をほどこす名医と称され、俺の部下も何人かお世話になったことのあるエスパルダにいる医者の名前と、その住所が書かれていた。 封筒の中には、 ”名を明かすことも恥ずかしい身分の者です。貧しい人々と、恵まれない子供達の為に医師として頑張っている貴方の噂を風に聞き、大変感銘を受けました。どうぞ、このお金をそのために役立ててください” と書かれた紙と、自分の稼ぎを換金した…俺に渡そうとした小切手と同じ物が入っていたのさ。 それを見て、俺は、氷の姫のことを見直した。 …いや、その時には既にあいつに惚れていたというべきだったかもしれない。 盗みを働いて貧しい奴等に施しをしている俺達と違い、自分の力で稼いだ金を、自ら貧しい奴の為に使っているそいつの気高さを、俺はいつしか、尊敬していたんだ。 「天使」っていう奴がいるなら、きっとこー言う奴の事を言うに違いない…とまで思えるようになったのさ。 その頃からだ。 あいつにはじめて逢った時からそれまでにも度々あった頭痛が、以前にも増して激しくなっていった。 頭痛がするたびに一つずつ何かを思い出しそうなのに…それは頭の中に白いもやをかけながら俺の記憶の行方を阻んでいたんだ。 白いもやの向こう側には、何故か俺がよく知っている女がいた。 その女は、俺にとって言葉で表しきれないほどに大切な存在だった。 だが、そこまで思い出せているのに、何故かその容姿も、名前も思い出せねぇ…そんな日々が続いたんだ。 その頭痛はこの話に重大な関係を持っていたんだが…まぁ、俺を襲う頭痛の話はひとまず置いておこうな。 (3) そのことを知ってから俺のあいつへの思いは、日に日に膨らんでいった。 あいつから娼婦の仕事をやめさせるにはどうすればいいのか、色々考え、やってみたんだが、てんで相手にされないと来たもんだ。 お金が必要なら俺が稼いでやるって言ったら…あいつはその金を自分が稼いだ金じゃないからといって断固として受け取ろうとしねぇ。 別の仕事先を紹介してやるって言ったら、あいつはクスクスと笑い始め、自分にはこの仕事が一番お金の実入りがいいのだから、私の事は放っておいてくださいといって、はばからねぇ。 しまいにゃ、俺に泥棒をやめられるのか…って、そんなことまで聞くようになりやがった。 こうなりゃ、実力行使だとばかりに、毎日家に押しかけてはたわいのない話であいつを困らせたり、あいつについていたガロンとヴァレルという二人のボディガードを丸め込んだり、稼ぎのいい時には子分を引き連れて、パーティー会場を勝手にあいつの家に決めて連日のドンちゃん騒ぎをやらかした。 そうなると、当然、あいつは花街に仕事に出ることは出来ねぇ…。 俺の企みは成功したかに見えた…………。 だが、こんな日々が続くのにとうとう腹を立てたあいつは、俺がしばらく不在をしていた間に引越しをして、客を取る場所も替えはじめた…。 …こんなことでめげる俺様じゃねぇ。 ベイオウルフの情報網を駆使して、すぐ次の居場所を見つけ、あいつが嫌がるくらいに付きまとっていったんだ。 3、4箇所ほど場所を替えたところで、あいつもとうとう根負けして、またくだらねぇことを話す俺の相手をし始 めた。 だが…その行為は、自分の仕事の邪魔をする俺への逆襲を着々とすすめる為のカモフラージュだったのさ。 え? あいつが何をしたかって? ……それをこれから話してやるんだよ。 おとなしく聞いとけ。 俺は……それまであいつをかなり甘く見ていたことに気づかされたんだ。 何故あいつが氷の姫とまで呼ばれるようになったか…俺はその事をすっかり忘れていた。 あいつは、自分にまとわりついてくる男を社会的にも心理的にも容赦無く葬り去る事でかなり有名だったんだ…。 女の最後の武器と言われるその超強力な身体を利用して、それまでの顧客のコネを総動員し、泥棒に必要な情報を 完全にシャットアウトするって形を使い、裏の世界からこのベイオウルフ盗賊団を締め出しにかかりやがった。 あいつの頼みなら…とライバルであるはずの娼婦仲間ですら、あいつの味方につく奴があまりにも多すぎて、俺が その情報を手に入れる事が出来たのは、既にあいつが計画を実行した後だった。 手を打とうとした時は、すでに遅かった…。 気がついたときにはそれまで親しかった奴等が、一気に俺達に歯向かい始めた。 おかげで、本業の泥棒家業は日照り状態が続き、ベイオウルフ内部では分裂が起き始め、俺はそれをまとめるため にあいつにばかりかまってはいられなくなったのさ。 くッ…まったく、あの時ばかりはさすがの俺様も焦ったぜ。 おまんまの食い上げには慣れっこだった俺達も仕事がねぇんじゃな。 仕事を奪い上げられて自棄になった俺は、半ば刺し違える覚悟であいつに向かっていくしかなくなってしまってな …とうとう力づくであいつをモノにしようとして、強引に家まで押しかけたが、それすらも、たかが女と侮った俺の 油断と、過去に武術を習ってたというあいつ自身からの思わぬ返り討ちにあい、完敗…。 俺のプライドはズタズタ…に引き裂かれ、あいつの闇色の冷たい目で一瞥されたその時点で恋は終わっちまったか に見えたんだ。 けど…, ”相変わらずよね、その無鉄砲なところや、泥棒をやってる割には真っ直ぐな性根と根性。さすがの私も今回ばかり は負けるかと思ったもの…さすがに私に見こまれて勇者をやってただけあるわよねぇ。根性が他の人間とは全然違う わ! うんっ!” 床にのめりこみ、打ちのめされるしかなかった俺に、あいつはクスクス笑いながら謎の言葉を呟き、両頬を両手で 包みながら俺の側にしゃがみこんだんだのさ。 「勇者」と言う言葉に、俺の頭がズキズキと反応していたが…次の言葉でそれどころじゃなくなった。 「仕事の邪魔をしないっていうんなら、改めて友達になりましょう。あなた…気に入ったわ。」 あいつはうずくまってた俺に向かって手を差し出して… 「私の名前はヴィ……………………、ううん、セーラって言うの。これからは私のこと、そう呼んでね。」 極上の笑顔であいつが俺にそう申し出てきたんだ。 天にも上る気持ちだった。それだけで充分だった。 あいつに一人前の男と認めてもらえたようで嬉しかった。 そして、俺とあいつは友達になれたんだ…。 そんなこんなで、俺があいつの心の中に入れる唯一の友人となってから3〜4ヶ月が過ぎたある日の事だった。 あいつの仕事が暇になり、久しぶりにあいつと酒を酌み交わした俺は、いつもと様子の違ったあいつから随分素っ 頓狂なお伽話を聞く羽目になったんだ。 (4) お伽噺の内容は、こうだった。 昔々、天使と堕天使がさまざまな世界の地上の利権を争って戦争をし、天使側が勝利を収めることとなった。 だがその戦いで生き残った堕天使は天使が治めている地上の魂を食いつないで、長い時間をかけて天界に再び戦争 を起こそうと企み始めた。 天界の知らないところで、堕天使達の企みは順調に進んだそうだ。 最後に残ったこの世界の魂を恐怖と絶望に落とし入れ、魂を食らい尽くそうとすることで、再び天界に殴り込みを かけようとした堕天使は自分の部下達を使い、時間を止め、この世界を混乱に落とし入れようとした。 だが、その堕天使側の企みに気付いた天使側は、様々な方法で堕天使達の企みを阻止せんと企て、ついには一人の 天使候補生を、その世界に送りこんだ。 その世界の救済をという重大な使命を担うこととなった天使候補生は、天使の親分から、補佐の妖精をつけられ、 この世界の中から勇者の資質を持つものを数人見つけ出し、十年間の間、そいつらを勇者として育て上げ、ついには その勇者たちと力を合わせ、堕天使の企みをどうにか阻止し、見事に使命を果たすことが出来たらしい。 だが、その世界に住む勇者たちとの交流をすっかり深め、そのうちの一人と恋をしてしまった天使候補生は、恋を したそいつの為に人間となり地上に残りたいと天使の親分に申し出た。 これには天界、大慌て。 人材不足(?)の天界で、折角育て上げることの出来た逸材をみすみす地上に放してなるものかと、あの手この手 を使って候補生を説得したが、そいつの意思は揺るぐ気配を見せなかったらしい。 これに怒った天界は、候補生の一番の弱点であるそいつの家族の地位の降格を脅迫材料として使い、ついにはそい つに自らの恋を諦めさせ、天界に留めることに見事成功。 下界にいる勇者の記憶から、天使の勇者としてこの地上の為に活躍したことを封印し、ついにそのことに解決がつ いたと天界は大喜びしたそうだ。 おい、顔が随分強張ってるぞ…、なんだ? その眉間の皺はよぉ。可愛い顔が台無しだぜ。 え? 随分ひどいお伽話だって? まぁまぁ、人の話は最後まで聞けってーーーの。 ところが、世の中そう旨くはいかないそうで…、それは天界とて例外ではなかったらしい。 自分の任務を果たした例の候補生は上級天使に格上げされ、その後、天界内部で重要なポストにつくこととなった が、自らの恋を諦めきることが出来なかった心の弱さから、のっけから重大なミスばかりを繰り返したそうだ。 あまりのミスの繰り返しに候補生は天使の地位を降格され、その素質をおしまれた天使の親分に原因を問い正され たらしい。 そこで、候補生ははじめて、自分の気持ちに素直になり、もう一度どんなことになってもいいから、この世界に下 ろしてくれと天使の親分に嘆願した。 たとえ、自分の恋が実ることが無くても、恋したその勇者の側で人間として、同じ世界で生きつづけていたい…と。 候補生の最愛の家族がその短い期間で既に天界になくてはならない重要なポストについていたので、今度はそれを 盾に脅迫する事が出来なかった上、候補生がいままでいた天使の地位を降格された事で、空いてしまったその地位を 狙って他の天使が自発的に動き出し始めた事などを理由に、天使の親分は候補生が地上に降りることを認めたそうだ。 ただし、その時点で地上界の時間にして1年が過ぎ去っていたため、代償として候補生は天使としての自分の力と その力の象徴である翼、そして、天使として過ごした自分の記憶全てを引き換えにしなければならなかった。 候補生は、それら全てを引き換えにして、勇者の住んでいる側に送ってもらい、やっと地上の愛しい勇者の側で記 憶喪失のまま、幸せに暮らせることになりました……とさ。 (5) これが俺があいつから聞いたすっ頓狂なお伽話の内容だった。 実は、あいつから話を聞いている間中、例の頭痛が頭の中で鳴り響いていたんで、話を集中して聞くことが出来な い部分もあったんだ。 でも、とりあえずあいつは俺にそのお伽話を一通り話したことで満足したらしい。 酔っ払っていた俺をとっとと外に送り出し、自分はいつもの生活に戻り…再びあいつは、花街へ元気に仕事をしに 出かけていったのさ。 俺は、あいつが娼婦でいるのが本当はすげぇ嫌だったけど…約束だったから、あいつの行動を今度こそ友達として 見守ってやることにしたんだ。 あいつが元気に、笑ってくれるなら…それでいい。 本気でそう思った。 あいつが誰に身体を預けようとも、あいつの心の奥深くに入れるのはこの俺様しかいないんだ。 その頃のおれは、それを誇りに思っていたのさ。 その時、またあの頭痛が襲ってきたんだ。 普通、こんな時って…心が痛むもんだろ? なのにそれが頭痛とセットになって襲ってきやがったんだ…。 もうさすがに慣れっこになっていた頭痛だが、今度のは少しだけ気になった。 ”俺は、この思いを……知っている?” 不意に、そんな思いが頭をかすめていきやがったんだ。 生まれて始めて味わうはずのその思いを…俺は、何故だか前にも経験したことがある思いだと言うことを思い出し たんだ。 でも…誰に対してこんな思いを持っていたかは、まだ分からなかった。 頭痛が起こった時にたまたま現れるもやの向こうの女に対して持っていた思いだと思い出すまでにさほど時間はか からなかったがな…。 そんなある日の事だ、俺は、ずっと頭を悩ませていたその頭痛によってついに盗賊家業に支障をきたし、見張り役 の子分に怪我をさせてしまうという大失態を起こした。 子分も、俺も、当然のことながら手持ちの金がねぇ…って事で、エスパルダの医者の先生の所に頼りに行ったんだ。 先生はいつものように子分の治療をした後、俺の頭痛のことも相談にのってくれ、俺の分の薬まで処方してくれた のさ…。 本当に、ありがたい人だと…俺は、感謝していた…。 ん? 何か言いたそうな瞳ぇしてるな。お前。 それにしては声が暗いって? まぁ、待てよ。 今、順を追って話してやるから…。 俺の相談に答え、診療を終えた俺は子分と共に挨拶をしてその診療所を後にしようとしたその時、郵便屋が医者の 先生のところまであの封筒を届けに来たんだ。 そう…あいつが自分の稼ぎを全て小切手に換金し、この先生のもとまで届けるように書かれていたあの封筒さ。 それをみた先生がはじかれたように郵便屋に詰め寄り、その封筒の出所を必死に郵便屋に聞き出そうとしていた。 郵便屋も、その道のプロを自称しているから、依頼人の秘密を打ち明けることは出来ないと、がんとして言い放つ ばかりだった。 まるで堂々巡りのようなやり取りが俺達の目の前で行われたあと、残念そうに観念した先生が、やっとのことで郵 便屋を解放したのさ。 俺は、その時の先生の無念そうな顔が、忘れられなかった…。 あいつは郵便屋にも口止めしている程奥ゆかしいんだな…。 改めて俺はあいつに惚れ直していた。 医者の先生に礼くらい言わせてもバチはあたらないだろうとばかりに、俺は、その封筒と同じものを俺の友達の家 で見た…と、今まで暖かい目で治療をしてくれた先生に恩返しのつもりで告げたのさ。 あいつの事を心底誇りに思っていた俺は、このあと…どんなことになるか予測することすら出来ず、軽い気持ちで あいつのことを先生に話したんだ。 心底、あいつと友達になれたことを自慢したくてな…。 だが、俺は、後でこのことを死ぬほど後悔する羽目に陥ったんだ。 ― つ づ く ― ■後書きという名のいいわけ。 はい、前半部分が終わりました。予定ではこのあと中編・後編と続きます。 グリフィンの話だけで終わる前半部分の娼婦の紹介に、何処がディアン×ヴィスティのはじまりの唄なのよっ…といって怒らないで下さいね。 中編から後編にかけてに、ディアン×ヴィスティのはじまりの唄の部分も導入していきますんで。 この物語は、私の中にあるグリフィンの一方通行の「始まりの唄」の物語でもあると思います。 でも、グリフィンファンもディアンファンも敵に回すこの後の展開が頭の中で見えて来ている今は、気軽に読んでくれているみなさんを敵に回しそうで、怖いです。 だから、ここで、読んでくれてる皆様にお願いしたいことが一つだけあります。 ここに出てくる天使、ヴィスティが某所のなりきりで出てくることがあっても、彼女を嫌わないでやってください。 全ては、猫まねきの頭の中にある妄想なのだと、納得してください。 つまり、嫌うなら猫まねきを嫌うことであって、彼女を嫌うことではないことだと、納得した上で読んでやって欲しいのです。 そして、出来るなら、話の中のグリフィンも、ディアンも、ここに出てきているみんなを嫌わないで欲しいんです。 彼等は、この小説の中でそれぞれの考えの元に自分自身を精一杯に生き抜こうとしています。 彼等も、それぞれにまた傷を負いながら暗い迷宮の中でもがいているのですから…。 たまたまグリフィン視点のお話を書くことによって、あらすじとしてこのお話を完成させることが出来ましたが、彼がいなければ、猫まねきはディアン×ヴィスティのこの話を書くことは出来なかったでしょう。 何故完成させることが出来なかったかは、中編部分の後書きにて書いてみることにします。 猫まねきより |