おとぎ話を聞かせて<2>







 (6)

先生は大変俺に感謝してくれて、俺も鼻高々だった…。
 当然の反応通り、その人に会って直接お礼が言いたいと、先生はかなり強く申し出てきた。
 義理人情にも厚い先生のことだ…その反応は当然だろう…ってことで、俺はあいつに内緒で先生を花街までつれて行くことにしたのさ。
 あいつのことを知っても絶対に軽蔑したりしないで欲しいという俺の要求を受け入れさせた上で、あいつの身分と名前を話し、先生の仕事の都合のいい日を見計らって、俺はあいつの元まで先生をつれていった。
 あいつの驚いた顔が見たかったんだ。俺は。
 あいつが驚き、先生にお礼を言ってもらうことで、嬉しがるだろうと…その時の笑顔が、どうしても見たかった。
あいつは、心の底から、笑うことがなかったから、俺は、どうしてもその笑顔が見たかったんだ…。
 花街は、随分騒がしいものとなっていた。
 俺一人がそこに行くだけでも花街は騒いだが…先生もまた…いい男だったからさ。
 長く無造作に伸ばされた銀の髪。穏やかな顔立ち。高い身長に骨格のがっしりした体格…。
 擦り寄ってきた女に言わせたところによると、俺とはまた違った魅力があるらしい…。
 普段、そこにいるだけで娼婦どもの視線が俺に集中してくるんで、いつもはうざったくて面倒なんで花街には行きたくなかったんだが、先生の仕事が昼に集中することがおおいんで、あいつに会わせるには、直接花街にいくのが一番手っ取り早かった。
 俺に擦り寄ってきた顔なじみの娼婦にあいつの居場所を聞くと、ちょうど、客を取っている最中だと話してくれたので、俺達はあいつの仕事が終わるまで少し待つことにした。
 待っている間中…ずっと先生のツラに怖いものが浮んでいたんだが、花街の雰囲気が嫌だったのだろうと勝手に思いこんでて俺は見てみぬ振りを続けていた。
 やがて…あいつ専用にととのえられた瀟洒な娼館から、客を送り出すために出てきたあいつを見た途端、先生が思わぬ素早さであいつに向かって駆けて行ったが、いつもとは段違いの殺気をまとったあいつのボディーガードが先生をみつけ、その前に立ちふさがり、あいつの瞳に先生を映さないように場所を移動させた。
 当然、ボディガードと先生は衝突してしまい、騒ぎが大きくなり始めた。

 …ん? その時、俺はどうしていたのかって?

 喧嘩をやめさせようとボディガードと先生の間に入った時、先生があいつに向かって叫んだ一言に引き寄せられるようにあの頭痛がまたもや再発して、情けないことに、その場に気絶してしまったのさ。
 倒れて眠っていた時、俺はひどく懐かしく、ひどくせつない夢を見た。
 いつも夢の中に現れる白いもやは取り去られ、その向こうでは俺の中で言葉に現わすことの出来ないくらい一番大切だった女が、もやの向こうに立っていて、そして、辛そうな顔をしていたんだ…。  「……ごめんなさい。好きな人がいるから……貴方の為に地上に残ることは出来ません。」  
 そう言って、うつむいて俺に謝って…。
 その背中には、白い翼が生えていた…。
 けれど、その女の名前は…どうしても思い出せなかった。

(7)

 その夢から再び目覚めた時、一番最初に目に付いたのは娼館の中の豪華な天井だった。
 あいつがずっと俺についていてくれたらしい。
先生はどうしたんだと聞くと、お金のお礼を言って帰ったと…そう聞いた。
「ボディーガードの喧嘩に巻き込んでしまってごめんなさいね。 あの人達は、私の事にちょっと過敏なだけなの。」
 …そう言って、あいつが謝った。
「なんで、お前が謝る必要がある?」 
 そう聞いたけれど…あいつは淋しそうに微笑むだけだった。
 微笑んで…、そして…
 人間は不思議だ…とあいつはいったのさ…。
 何故自分のことを幸せにしようとせずに、ただ相手の幸せだけを願おうとするのか…と。
 見返りなんて何もいらないといって、それだけの為にどうして相手を守ろうとすることができるのか…。
 自分を幸せにすら出来ない者に、本当の意味で相手の幸せを考えられる余裕があるはずもないのに…………。     
 人間は、本当に馬鹿だ…中でも一番の馬鹿は自分だとわかっているのに…どうして…自分の心を押さえることができなかったのだろう…と。
 私は…結局、自分の意思ばかりを回りに押し通している…、わがままを言って、周りの人々を苦しめている…と。
 あいつは俺に話しかけているように見えて、自分に話しかけているように見えた。
 自分に話しかける事で…あいつは哭いていたのかもしれない。
 涙を流すことを自分に許さずに…哭いていたんだ。 あいつは。
 何故あいつがそこまで自分を責めるのか分からなかった。
 ……気がついた時には、俺はあいつを抱き締めていた。
 あいつに自分を責めてほしくなくて…。
 しばらくして…
 ありがとう…と、その一言だけを返して俺の頬に唇を軽く振れさせたあいつは普通の顔を取り戻した。
 何が起こったのか…まったく分からずに呆然と立ち尽くす俺をみて、口を手に当て、いつもの仕草でクスクスと笑い、いとも優雅に部屋をでていくあいつがいた。
 仕事の邪魔になるから、貴方も早く出ていってね…と、言い残してだ。
 時間を止めた体の中で、頬に残ったかすかな熱だけが、まるで生き物のように俺の身体中を支配した。
 それからどうやって娼館をでたのかは覚えてねぇ…。
 俺は本当に夢の中にいたみたいだったのさ。
 娼館を出たとき、あいつのボディーガードの一人、ガロンってやつが傷だらけの身体を引きずりながら、何故先生を連れてきたと詰め寄ってきた。
 先生とあいつの関係を知りたかったのはこっちだって同じだったから、丁度良かった。
 お前には関係ねぇと話した。
 そしたら、あいつと先生はどんな関係だって話したら、ガロンの方もあんたには関係ねぇと言い張るばかりでよ…。
 あいつと先生との関係を聞きたいために堂々巡りの質問に、先にケリをつけたのは俺だった。
 感謝される歓びを、あいつに知って欲しかったからだ…と。
 そうしたら、ガロンは皮肉な笑いを浮かべて、こう言いやがった。
「奴がセーラさんを犯さなければ…………彼女は娼婦になることはなかったんだ」とな……。

(8)

 あの穏やかそうな先生があいつを犯した…。
 到底信じきれない話に、俺の頭はパニックを起こしかけたが、かろうじて立ち直って話を聞いていた。
 この話は自分とヴァレルしか知らない…という前置きで話しはじめたガロンの話の内容はこうだった。
 あいつは、記憶喪失のまま先生の家の近くに倒れていたのを先生に見つけられ、先生にセーラと名づけられ、先生の患者としてそのまま先生の家に住みついたらしい。
 先生から生活に関する事をいろいろ教わっているうちに、次第に彼女は先生の仕事を手伝ったり、先生の身の回りの世話を始めていったらしい。
 自分の記憶喪失の不安を微塵も感じさせず、明るく、闊達で、前向きにくるくると良く働く姿は、次第に村のみんなを虜にしていった。
 先生を始め、村の中で、彼女を慕わない人間は全くと言っていいほどいなかったそうだ。
 そして、ガロンもヴァレルも、そんな彼女のファンの一人だったそうだ。
 先生の診療所には、彼女目当ての客も訪れ始め、またそいつらの好意からくるいろいろな物資のおかげで、先生の仕事も順調に進み、彼等は心身ともに忙しい毎日を、生きがいをもって生きていたそうだ。
 2人を見てると、いろんな意味で励まされる人が多かったらしく、このまま2人が夫婦になってくれるなら…と、ガロンもヴァレルも彼女に対する思いを隠しながら、温かい目で見守っていたらしい。
 だが、忙しさが仇となったのか…先生は激しい頭痛を起こして倒れてしまった。
 必死に看病する彼女のおかげで、先生は意識を取り戻したものの、その日を境に、彼女に対する態度がガラリと変わってしまったそうだ。
けれど、彼女は戸惑いながらも、まるで親鳥を慕う雛のように先生の側を離れようとはしなかったらしい。
 そんな日々が続いたある日…2人がたまたま家の前を通りかかった時、彼女の悲鳴が外にまで聞こえた。
 彼等が慌てて家の中にかけこんでみると …先生が、彼女を犯していた… ということだったらしい。
『見ないで』と自分に向かってそう言った声をいまでも忘れられない…と、ガロンは俺に向かっていったのさ。
 自分が何故そうならなければならなかったのか分からなかった彼女がお気に入りの場所で自殺を図ろうとしたのを奴等はなんとかして思いとどまらせ、そのまま村から消え、今にいたる…というわけだったらしい。
目の前が真っ暗になった気分だった。
 俺はしばらく、あいつに申し訳がなくて…、合わせる顔が無くて…、花街にもあいつの家にも行けなくなった。
 丁度盗みに最適な家の情報が来ていたこともあって、そこからはすっかり足を遠のかせていたんだ。
 それから3ヶ月後のことだ…。
 このままじゃ嫌だから、あいつに謝りに行こうと…あいつの家に出かけたのさ。
 あいつの家の入り口にはヴァレルがいた…。
 俺を見たとたん…ヴァレルの俺を睨む目が厳しくなった。
 あんなことをしたんだ、当然のことと思ったさ。
 あいつに謝りに来たんだ…と、そういったら、睨み方が一層厳しくなった。
 だが、ヴァレルはなにも言わずにあいつの家のドアを開けて通してくれたんだ。
 そこで、俺は愕然とした。
 娼婦って言う裏の仕事をしていても、いつも生気に満ち溢れ、気品に満ちていたあいつから…全くそれが感じられなくなっていた。
 ”久しぶりね”……そういって笑うあいつの姿が、痛々しいほどまでに傷付いているように見えたんだ。

(9)

 俺がここまで追い詰めたのか?
 ショックに陥った俺だったが、詫びだけはどうにか言うことが出来た。
 すまねぇ…俺があいつにそう言って謝ったら、あなたが悪いわけではないと…返された。
 でも…悪いと思っているなら…私の部屋から盗んでいったダガーを返して…と、そうとも言われた。
 分かった…といった俺の目に、見慣れた小切手が何枚も無造作に箪笥の上に置かれているのが目に入った。
「…………………これ、先生のところに送っていなかったのか……?」
 それを見たとたん…あいつが慌てて俺のところに向かって、その紙を取り上げようとしたんだ。
「しゃぁねーなー、俺が先生の元に届けてこようか?」
 あいつは、いつも浮べる淋しそうな微笑をその面に上げながら…
「もう…いいの…」
 そう呟いただけだった…。

 一体、俺がこなくなった3ヶ月の間に何があったんだ!?
 お前らしくねぇ、どう言うことだ…と、問い詰めたんだが、あいつは頑として口を割ろうとしねぇ。
 そう言うあいつだと分かっているのに…あいつの力になりたいのに…あいつの力になれねぇ…
 そんなもどかしさが俺の心をつき抜けた瞬間、またあの頭痛が頭を貫き…かつて俺が恋焦がれた天使が今も目の前にいることを教えられた。
 そして…俺はあの時の夢の中で天使が自分の告白を何故断わったのかを知った。
 先生が、ガロンやヴァレルと喧嘩した時に叫んだ言葉が俺の頭に思い浮かんだ。
 あの時、先生はあいつが天使だった頃の名前をあいつに向かって叫んだのさ。
 「ヴィスティ」 …と。
 彼女はその時ここにいるあいつと同じ空色の髪と闇色の瞳を持つ天使だった。
 あの時より髪の毛は短かく、男みたいな衣装を身につけながらも、何処かに女らしさを漂わせていた奴だった。
 泣き虫の癖に気が強く、打たれ強くてしなやかで、そして…優しい奴だった。
 天界に戻っていたはずの彼女が、人間として何故ここにいるのかと問い詰めそうになった時、不意に頭の中に浮んだのが、彼女が酔った時に話していたお伽話だ。
 でも、お伽話の天使は、記憶喪失のまま勇者と幸せに暮らしているという…。
 頭を押さえていた俺に慌てて駆け寄り「大丈夫?」と声をかけたあいつの手を握り、華奢な身体を抱き寄せ、
 「天界に戻ったはずのお前が何故ここで娼婦をやっているんだ…? ヴィスティ…」
 と、改めて俺は、もう一度問い掛けたんだ。

 あいつは…驚きに身体を振るわせながら…
「まさか、あなたまで私のことを思い出すとは思わなかった…。」 
 そう言って、あいつは俺から身体を離し、全ての事情を、静かに話し出した…。
  
(10)

 あいつは、インフォスを守護している途中で、自分が勇者としてスカウトしたあの先生と深く愛しあう事になり、共にガープを倒した後も、一緒にいたいといって地上に残る約束をしたそうだ。
 そして、そいつと協力して見事堕天使をうち破りインフォスに平和を取り戻したあいつは天界に戻り、愛する人の為にインフォスに残りたいと天使の親分に申し出た。
 既にあいつを天界内部のかなり重要なポストにつけるつもりでいた天界は、あいつのこの申し出にかなり慌てたらしい。
 天使の親分を含んだ天界の高位の天使達が、入れ替わり立ち代り自分を説得にきたけれど、あいつの思いがそんなことで揺るぐはずも無かった…。
 ちょうどその時、あいつの弟天使が、自分の希望を見事に成就し、天界で働き始めそうだ。
 だが、その場所がちょっとしたスキャンダルでもすぐに天使の位を降格されてしまう場所でもあったらしい。
 高位の天使たちはそれに目をつけた。
 人間の勇者と恋に落ちるという前代未聞の不祥事をしでかした姉をもつ弟が、希望の場所で天界の仕事につけるはずがない…と、自分を天界に留めたいが為に、高位の天使たちが一斉に弟のほうを攻撃し出したそうだ。
 けれど、弟の方は…自分のことはいいから、姉様は、早く地上に降りて愛する人と幸せに暮らしてください。今まで天界でいじめられてきていた分をその世界で取り戻してください…と、言ったそうだ。
 弟がいなければ、今、先生が愛してくれた自分すらいなかったと…、その優しい弟の為に、あいつは天界に留まる事を決意せざるを得なかった。

 堕天使との戦いが終わった後、自分に協力してくれた全ての勇者に別れを告げるためにインフォスにもどったあいつは、一番最後に、先生に何も言わずに別れを告げた。
 先生は約束を破られ裏切られたと思うその思いを全てあいつにぶつけ、そして、もう、自分の目の前から消えてくれ…とそう言われたそうだ。
 勇者としての記憶は封印され、自分の記憶も先生から忘れ去られてしまうから、その時はそれであいつも我慢して…納得して、別れを告げられても、毅然としていられたらしい。
 だが……あいつの内部にくすぶっていた恋という名前の炎が、日毎に先生を求め始めた。
 そして、その思いは、その時に自分が天界についていた仕事にまで影響を及ぼし、ついには、かなり短い期間で、そのポストを降格されてしまうくらいの不祥事を引き起こしたそうだ。
 天使の親分はこのことをいたく悲しんだらしい。
 自分に何か出来ることはないかと…天使の親分がたずねてきた時に、あいつは、先生への恋心を打ち明け、既に先生に拒絶されていることを覚悟した上で、先生の為にインフォスで人間として生きていきたい…と、もう既に実る筈もない恋心の決着をインフォスでつけたいのだと親分に申し出た。
 その申し出は、自分の記憶と天使の姿と天使の力を代償にすることでかなえられたらしい。
 自分の記憶が消えるまで、あいつは先生の姿を瞼裏に留め、先生を苦しめることがないように…出来るなら自分の記憶の方が先に戻るように…そう願いをかけながら、人間になる術を受けたそうだ。

(11)

 次に目覚めた時は、先生の腕の中だったそうだ。
花々が次々に咲き誇る家の近くの小高い丘の岩棚で貴女が倒れていたのだと、その時既に記憶を失っていた自分を怖がらせないように優しく微笑んでくれた先生をみて、何故かあいつは不思議な懐かしさを感じたらしい。
 先生からセーラと名づけられ、人間としての生活を教えられ、先生を通じて村人達と交流していくうちに、次第に先生を大切な存在に思っていった。記憶をなくす前と同じように…。
  先生の側で先生の身の回りの支度をし、先生の側で薬草を摘んだり薬を作ったり、先生と村人達との間を結ぶ人間づきあいの多い生活。
 それは、生まれてから天界で仲間外れにされ、魔物と呼ばれ、いろんな形で傷つけられ友達に飢えていたあいつにとって、この上なく幸せな生活だったと聞いた。
 だが、それも先生が原因不明の頭痛に苦しめられ、倒れてしまうまでの話だ。
 先生が原因不明の頭痛から覚めてからは、「何故今更私の目の前に出てきたのか」と一方的に責められたらしい。
 早く自分のことを思い出して、人間になったわけを聞かせて欲しいと哀願された日々。
 それでも戻らなかった記憶に、あいつ自身も焦り、時には悲しくなったらしい。
 そして……そんなある日、先生が軽い休息によってうなされていた時、あいつが先生を夢から目覚めさせてしまったことによって先生の思い出の中の何かを引きずり出してしまい、記憶の無いまま、犯されてしまったと…。
 皮肉なことに…犯されていた時に先生から受けた口付けによって全ての記憶を思い出したあいつは、自分が今まで先生を苦しめていたことに絶望し、自殺を図ろうとしたらしい。
 すんでの処でガロンとヴァレルにそれを阻止され、「生きていればいいこともきっと起きる」と彼等にに諭されたあいつは、自分がこの世界に降りてきた本当の目的を思い出した。
 側にいることが出来なくても…先生が他のだれかと結ばれてもいい。

 影から、この世界でただ一人、一番初めに天使としての自分を認め、愛してくれた先生の為に何かをしながら生き続けていきたいといういうあいつ自身の強い思い。
 それのために、生き続けることを決意したあいつは、次に先生の為に何が出来るかと言うことを考え始めた。
 あいつの頭の中に、真っ先に出てきたのは「お金」という単語だったそうだ。
 診療所は、いつも貧乏な人達が今か今かと先生の診療を待っていて、先生は、その人達の為に、先生が作る薬草から抽出された薬を無償でみなに分け与えていたが、重い病気の場合、それにしか効かない高額の薬が必要になるんだそうだ。
 だが、ほとんど無報酬で診察をしていた先生にそんなお金があろう筈もない。
 目の前で成すすべもなく死んでいく患者に対しての先生の深い悲しみを見るたびに、何か出来ないかと常々、記憶を取り戻す前からあいつは思っていたらしい。
 そういった先生の悲しみを少しでも取り除けるようにと、あいつは、実入りのいい仕事を探し始め、ついには娼婦という選択をするまでになったそうだ。
 この身は既に汚れているのだから…もう怖いものは何も無かったと、あいつは言った。
 俺が疑問に思っていた全ての答えを、そこで言われたような気がしたんだ。
 あいつが今までその身を独占されたくないと言っていたのは…既に先生があいつの心の中に居座り続けていたから。
 先生以外の人間に、その身を独占されたくないと思いつづけていたから…。
 あいつが自分で使うはずのないお金に執着していたのは…先生の哀しみを取り除くため…。 
 貧しい人達の病気の全快を喜びにかえていた先生の心を守るため…。
 …そこまで考えて、俺は、何故、その時のあいつの生気が無かったのか分かったような気がした。 
   だが、あいつに問いただしても決してあいつは何も言わないだろう…。
 そう思った俺はあいつを勇気付けた後であいつの家を飛び出し、酒場で酔いつぶれていたガロンを見つけ出して自分のこない間に何があったのかを問いただした。
 ガロンもあいつに口止めをされていた為なかなか口を割ろうとはしなかったが、あいつがこのまま死んでしまってもいいのかと脅すと、簡単に何が起こったのかをしゃべり出した。
 それを聞いた俺は………心の底からはじめて先生…いや、奴を憎んだ。
 奴は…この3ヶ月の間、あいつが稼いだ小切手を使って娼婦としてのあいつを買いつづけやがったんだ…。
    ― つ づ く ― 




 ■ 後書きという名のいいわけ〜(2)
ついに明らかにした天使・ヴィスティの事情…。
グリフィンがいないとこの話を書けなかった原因は、すべて、ディアンの約束破りのEDの台詞にありました。
ディアンの約束破りのEDを見た人なら分かってると思いますが、彼は他の勇者とは違い、はっきりと別れの言葉を天使に投げ付けるように言い渡します。
そのくらい、ディアンは内面に激しいものを抱え込んでいる人だと思うのです。
最愛の人を失った時点で、悪を全面に打ち出してきた人間に対して、怒りを押さえ込むことが出来なかったほどの人ですから…。
天使の方からの約束破りを切り出した時点で、既に彼女に別れを告げていたディアン…。別れを告げられていても、ついに諦めきることの出来なかった恋に苦しむヴィスティ…。
そして、そんな彼女が選ばざるを得なかった道…。
ディアンとヴィスティの恋は、他の勇者みたく、記憶を取り戻すまでが勝負なのではなくて、二人とも記憶を取り戻してからが本当の勝負。
それが、私が考えたディアン×ヴィスティの「はじまりの唄」でした。
私にもう少し文章力があれば、もっと読みやすくて、綺麗にできたと思うのですが、どうもひとりよがりな文章で、読みにくいだろうなって思います。その点は謝らせてください。
ついでに、語り部としてグリフィンが一番適当だったわけも…ここら編で匂わせましたー。
ディアンとヴィスティだけじゃ…18禁に突入する上に、絶対にヴィスティの居場所がディアンにばれることが無かったから…そこで…泥棒を生業としているグリフィンなら、裏世界にもちょっとは詳しいだろうということで、彼女を見つける+記憶を取り戻してもらう…っていう役目を受け持ってもらったんですね。
ディアンには、プライドの高いヴィスティが娼婦をやっているなんて、考えられなかったでしょうから。
(事実、送られてきた金額の大きすぎる小切手を見た時、彼はせいぜいで彼女が賞金稼ぎをやっているのだろうと思っていたみたいです…だから、ディアンにはヴィスティを見つけられなかったんですよね。多分…。)

それでは、次、最終章でお会いしましょう。
                               猫まねき




森生よりひとこと
私は、実はディアンを勇者にスカウトしたことがないのですが
さまざまな人からの噂を聞くにつけ、彼は大変穏やかそうに見えて
その実内面がとてつもなく激しい、一番キレるとやばい人、というイメージがあります。
天使の天界へ帰るパターンにおいてもそれは如実にあらわれているようですね。
思うに、ディアンという勇者でなくては、
こういう大人な展開の話は望めないのではないかと思います。
シーヴァスもレイヴも、まだまだ青いから、天使を生身の女性というより
いまだ汚しがたい神聖な女性としてしか見れてないんじゃないかとか
思ったりしている今日この頃の私なのでした。





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