覚 悟 ―3―




大倉御所へ馬を走らせながら、景時はどうしたものかと考えていた。望美に正直に話したとおり、頼朝を上手く言いくるめてくるとは言ったものの、策というものが何も思いつかない。むしろ、頼朝相手に小ざかしい策を練ったところで無駄だろう。それがわかっているから、余計に何も思いつかないのかもしれない。後を任せてきた望美たちのことが心残りなことも関係あるかもしれない。自分などよりもずっとしっかりしている二人だから、きっと何の心配もすることはないだろうし、仲間たちと合流したならば、それこそ自分よりもずっと頼れる八葉と白龍が二人を護ってくれるだろうから、やっぱり何も心配する必要はないだろう。心配なのは、アレが二人の行く手を遮ることがないかということだけだ。二人が鎌倉に入らなければおそらくは大丈夫だろうと思うけれど。
こんなことになっても、望美に言った通り、景時は頼朝を憎く思う気持ちもなければ怒りも感じない。好きかと問われたら困ってしまうが、嫌いかと問われたらそうではないと言うだろう。頼朝が恐ろしいからではなく、ただ彼と敵になりたくはないな、と思う。そしてふと思い出す。初めて頼朝が挙兵したという知らせを聞き、京から頼朝を討てと命を受けた日のことを。自分は、頼朝に同情したのだった。父に見捨てられ、囚われの身となり、東国へと流された流浪の御曹司。日の出の勢いたる平家へ、勝てるはずもないのに反旗を翻した悲運の人。そう思っていた。そして、今もきっとその思いはどこかに残っているのだろう。不思議な気もするが、多分そうなのだと今は思う。自分はきっと、自分にない強さを持つ頼朝に惹かれ、けれど心のどこかでやはり、父に捨てられた流浪の人を憐れに思っているのだ。その痛みを自分もまた、知っているから。
(……なんて、傲慢で不遜なことだけれどね)
馬上で景時は苦笑する。そんなこと頼朝には口が裂けても言うことはないだろう。こんな臆病で弱い人間に同情されているなど頼朝にしてみれば噴飯ものだ。彼はきっと、そんなものも全てねじ伏せるために強く、ただ強くなることを選んだのだろうから。そこが景時とは決定的に違う。景時は強くなろうとは思わなかった。逃げようと思った。強くなることなど自分には無理だと最初から思っていたからだ。そういう意味では景時は頼朝が最も蔑む存在だったかもしれない。今もやはり、死にたくない、と思う。しかし、かつてとは少し意味が違う。今は、全てを終えて、望美と共に生きたいと思う。だから死にたくない。けれど、もし、彼女や仲間を助けるために必要ならば、自分の命を差し出すのは惜しくない、とも思う。
(……頼朝様は人を見抜く目を持っておられる。中途半端な嘘などすぐに見抜かれてしまうだろう。
 でも、だからこそ、きっと勝機はあるはずだ)
景時は強く頷いて先を急いだ。



大倉御所に着くと警護の者が慌てたように駆け寄ってくる。
「お急ぎください、梶原様。すぐに評定が始まりますゆえ」
「わかった。馬を頼む」
磨墨の手綱を手渡し、奥へと進む。ひとつ、大きな息を吐いた。今日はこの邸に嫌な気配を感じない。政子はいない、ということだ。それはすなわち、荼吉尼天がここを離れているということ。望美たちの元へ向かったのかもしれない。……おそらくそうなのだろう。だが、自分にはそれをどうする術もない。震えそうになる手を強く拳に握り締める。
――大丈夫、彼女はオレと約束したんだ。彼女が約束を違えることはけしてない。
一瞬だけ深く目を閉じて、景時はしかし思いを断ち切った。今は自分が為さねばならないことだけを考えなくては、と。それが彼女を助けることにも繋がる。
望美は景時に多くのものを与えてくれた。赦し、愛情、勇気、そして、未来。過去はどうあっても消すことはできない。思い出したくない惨めで醜くて汚い自分も、どうあっても消すことなどできない。自分が嫌いで、なのに変わることもできず、弱さを言い訳に全てを諦め自分自身を蔑むことでなんとか自分を保っていた。自分は駄目な人間だから、と、その言葉を免罪符に逃げていた。頼朝はそういう景時の弱さを知っていた。そして、そういう弱さを景時に突きつけ続けた。どんなに醜い裏切りでも、惨めな仕事でもただ従うしかない自分に、その仕事をこなす毎に、どんどん自分を嫌いになっていった。自分で自分を赦せなくなっていった。けれど、望美は。望美だけが、景時自身すら受け入れられなかった景時の全てを受け入れてくれた。裏切り者の過去を赦し、景時の代わりに涙を流してくれた。どんな過去があっても、その真実を景時が話しても、望美は景時の傍にいると言ってくれた。
まだ、景時は自分自身を信じることができない気がする。けれど、望美が信じると言ってくれた自分自身のことを、信じたいと思う。望美が好きだと言ってくれる自分のことを、好きになりたいと思う。
――そうだ、自分はずっと、本当は自分のことを好きになりたかった。
好きな自分になりたかった。父が望むような、母が望むような、妹が望むような、友が望むような、兵たちが望むような。何より、自分が望むような強い自分に、なりたかった。
(オレは本当に弱くて駄目な人間だけど、でも、望美ちゃん、君のためなら――)
強くなれる気がする。生田で無我夢中走ったときのように。
「梶原景時、遅れまして申し訳ございません」
評定の間には既に他の者達が集まっていた。頼朝は景時を一瞥すると「うむ」と短く言っただけだった。
「今から、九郎義経ならびにその一行の謀反について詮議を行う」
頼朝がそう告げると御家人たちの間から声があがった。
「九郎どのは、京に滞在中、貴族と頻繁に会っていたそうですな」
「後白河院ともよしみを通じていたとか」
こうした声は、京や西国には来ていない鎌倉にて留守を護っていた御家人たちから上がった声だった。彼らは京からの噂を耳にし、九郎の手柄と京での動きに危機感を感じたものなのだろう。九郎に手柄を独り占めされ、領地を削られるとも思ったかもしれない。
「九郎どのは源氏軍の指揮を任されておりましたが、
 屋島では無謀な攻撃を決断し、いたずらに兵に損害を出しております」
これは屋島で自らの郎党たちを失くした者だろう。九郎の策は天才の閃きがあったけれど、時にそれは凡人には理解しがたく兵たちに無理を強いることもあった。誰もが九郎を慕い信じていたわけではない。それは景時にも理解はできる。しかし。
「壇ノ浦にては、彦島で安徳帝を逃がしております。
 これは鎌倉殿に背く行為とは言えますまいか。
 己の指揮権を奪われんがために、帝を逃したやもしれませぬ」
その言葉には景時も苦い顔になった。あまりにも無理やりなこじつけに呆れるを通り越したのだ。口々に交わされる会話に、周囲の御家人たちの反応も様々だ。九郎に同情して目を伏せている者、あるいは九郎を良く思っておらず当然であると頷いている者。各々の態度は異なっても、この場にいる者全て、この詮議の結果がどういうものか、わかっているのだ。
『九郎義経には鎌倉殿への翻意これあり』
九郎を罪人に仕立て上げ、死罪にするための、茶番にすぎない。最初から結果はわかりきっていることなのだ。
「……景時、お前は軍奉行として九郎の傍にあった。お前は、どう見る」
頼朝がそう言葉を発すると、みなの目が自分に集まるのを景時は感じた。
(オレに、この茶番に参加させるおつもりか……)
この場にいる誰もが、景時の次の言葉を予想しているだろう。『九郎義経は、鎌倉殿への謀反を企んでいたものと思われます』そう言うと思っているだろう。景時は頼朝に逆らうことなど有り得ない。そして、今、この場で必要とされているのは、九郎は罪人だという証言だけなのだから。頼朝でさえも、景時ならそう証言すると信じているのだ。
景時は息をひとつつくと顔をまっすぐに頼朝へ向けた。
「どうした? 見たままを申せ」
嘲るような笑みを口元に浮かべて頼朝がそう言う。この人は、果たして、自分がどっちの証言を言うことを本当に望んでおられるのだろう。ふと景時はそんなことを思った。九郎は罪人だと言うことだろうか、それとも、そうではないと言うことだろうか。……どちらにしても、景時の心はもう決まっていた。
「……畏れながら――軍奉行として、轡を並べ共に戦った者として申し上げます」
景時は頼朝を真っ直ぐに見上げた。
「九郎殿は、兄である頼朝様を深くお慕い申し上げております。
 その気持ちに二心なく、京の貴族と結びつき鎌倉に叛旗を翻すなど考えられませぬ」
景時の言葉に頼朝の表情は動かなかった。
「また、この戦の功績は九郎殿にあることは明白。
 屋島での苦戦は私にも責任の半分はございます。
 ……壇ノ浦にて安徳帝を逃したるは、九郎殿捕縛の後のこと。
 その責を問うならば、その時の指揮官たる方にこそ問うべきかと存じます」
もちろん、その時の指揮官は、政子なのだ。そのことはこの場にいる誰でもが知っていることで、景時の言葉に辺りが騒然となる。今の今まで、頼朝に対して何ら意見がましいことを言ったことのない景時の、この強気の言葉に誰もが驚いているのだった。景時自身も顔はまっすぐに頼朝を見返しながらも、ぐっと握り締めた手に汗を感じていた。腹の底に気を溜めて頼朝に気圧されぬよう力を込める。
「梶原殿!」
「何を申されておるか」
小声で背後から自分に掛けられる声の中には、真実、景時のことを心配してのものもあるだろう。
「騒がしい」
頼朝の声に、そうしたざわめきもぴたりと止んだ。代わりに、張り詰めた空気が辺りに満ちる。まるで皮膚を刺すかのようにピリピリとした緊張が景時にも伝わってきた。
「……私は、軍奉行として、見てきたままを申し上げたまででございます」
「ほう……見たままとな。
 よかろう、景時、近う参れ。お前の話、詳しく聞こうではないか」
頼朝は笑みを浮かべた表情でそう言い、景時は頼朝の正面へと進み出た。その場に座すと、改めて頼朝を見る。
「景時、お前は馬鹿ではない。己の分を知っておる。そして、私の期待を裏切ることはない。嘘をついてでも、だ。
 だからこそ、私はお前を高く買っている」
「……恐れ多いお言葉にございます」
「私の期待は、わかっておろうな。お前の母のことも、だ」
「…………なんと申されましても、私は見たままを申すだけでございます」
景時はぎゅっと目を閉じてそう言いきった。そうしてゆっくりともう一度目を開け、頼朝を見返す。一人、こうして対峙して改めて思う。この人はやはり、人の上に立つ人なのだろう、と。自分がこうしてこの人に向かっていることが信じられない。
「景時……どういうことか、判っておるな」
「わかっております。ですが、私は戦友を裏切るわけには、参りませぬ」
深く景時は頭を下げた。人が人を思う気持ちが、頼朝に通じれば良いのにと思う。頼朝のためにも、そして、これからの世のためにも。
「景時……母を見捨てるか」
「そのような不孝はいたしませぬ」
初めて、頼朝の顔に驚きのような表情が浮かんだ。景時は顔を伏せたまま、母を案じる必要はないのだと自分に言い聞かせる。望美がきっと約束を果たしてくれる。何度も何度も、望美にも嘘をついたのに、罪を重ねてきたと言ったのに、それでも自分を信じてくれる望美。
(……オレはオレを信じる勇気はまだないけれど、望美ちゃん、君のことなら、どんなことでも、信じられる)
「あの梶原殿が頼朝様に意見されるとは……」
「これは一体どうしたことでござろう」
「……京にては何事かあったのでござろうか」
頼朝に対して一歩も退かぬ景時の様子に、また当たりが少し騒がしくなる。景時は唇を噛んだ。これ以上長引いては、今度は景時までもが謀反人とされてしまうやもしれない。
(どうすれば……)
そのとき、頼朝が小さく呟いた。
「……小ざかしい真似を。別の者に母を逃がさせる算段であったか」
はっと景時は顔を上げる。自分の考えを読まれたかと思ったのだが、そうではなく、荼吉尼天が動いたということだとすぐにわかった。望美たちの元へ荼吉尼天が向かったのだ。そして、それはつまり、望美たちが景時の母と落ち合ったということだ。
(……望美ちゃん……ありがとう、約束を果たしてくれたんだね)
「仲間を信じているのだろうが、無駄だ」
今度は景時の心を読んだかのように頼朝が言った。
「アレの力を知らぬお前ではあるまい? 全員、荼吉尼天に喰らわれるだけだ」
その言葉に不安が膨らむが、強くそれを押さえつけるように大丈夫だと言い聞かせる。彼女は死なない、仲間たちも、死なない。死なせない。そのためにも、自分はここで退いてはいけない。
「今、態度を改めるなら一族の命は助けてやろう。
 それとも、上総介と同じ道を辿るか」
その人の名前に景時は胸を突かれた。初めて、頼朝の命によって殺した人だった。その人もまた、本当は景時にとって大切な人だった。
『――その人は、景時さんに、生きて欲しかったんです。
 景時さんに、武士の都を見て欲しかったんです』
望美の声が甦る。上総介のためにも、この鎌倉を武家の都とするためにも。これ以上誰かの血の上にこの新たな都を築いてはならない。
「景時……お前の仲間たちは朝夷奈へ向かったようだな。お前にとっては因縁浅からぬ地。
 今一度、お前に関わる者の血で、かの地を汚すか」
ぴくり、と景時の肩が動いた。荼吉尼天が望美たちに追いついたのだろう。もう、時間がない。顔を上げた景時を見て、頼朝は景時が赦しを乞うと思ったのだろう。
「これでわかったであろう? お前は余に逆らうことなどできぬ」
しかし、景時は赦しを乞うつもりはなかった。
「……頼朝様、書状にて承った神子暗殺のご報告がまだでした。ここにご所望の品がございます」
そう言うと、景時は望美から預かった白龍の逆鱗を頼朝に向かって見せた。不思議な輝きを見せるその品を見て、頼朝は笑みを浮かべる。
「なるほど、ようやく逆らう気をなくしたか」
しかし、景時はその逆鱗を再度握り締めると頼朝を見返して言葉を続ける。
「頼朝様が、このようなもののために人を殺めよと……しかも女子を殺めよと命じられたのは初めてでございました。
 頼朝様は、この逆鱗の力を怖れておいでですね」
「……景時、お前は何が言いたい」
誰をも信じることがない、誰をも冷たく切り捨てることができる。それが頼朝の強さであり、そして、弱さでもある。誰も信用することができない者は、常に誰かの裏切りを怖れなくてはならない。誰にも心を赦すことができない。それこそが頼朝の弱さなのだと今になって景時はやっとわかることができた。
「今はまだ、この逆鱗の力は私の手の中にございます」
「景時……そなた、余に駆け引きを持ちかけるか」
頼朝の声が一瞬高くなる。しかし、すぐにそれは常の通りに戻った。
「しかし、その逆鱗の力を操る術を知らぬであろう、脅しにもならぬと思わぬか」
「……確かに。ですが、対となる黒龍の逆鱗もここに……」
そう言うと景時はもう一方の手を強く握り締め、そのまま頼朝の前へと差し出した。
「二つの龍神の力、ここで解放させたなら、どうなりましょう……
 力を操る術はなくとも、二つの逆鱗を干渉させれば、真なる龍神、応龍の力が生じるはず。
 何が起こるか、試してみましょうか」
たとえ操る術を知らぬとしても、景時には陰陽術の心得がある。二つの逆鱗の力をどうにかすることもできるかもしれない。そう頼朝は考えるだろう。
「景時……万策尽きたか? お前も応龍復活の巻き添えとなるのだぞ」
「……仲間たちは、朝夷奈におります。
 私はどうなろうとも、仲間たちは助かります」
強く手を握り締めて景時はそう言った。けして退かぬつもりだった。何も握っていないはずの左手の中に、確かに何かを握っているような気がした。希望、未来、あるいは、もうけして逃げ出さないという、覚悟。
「……本気か……」
景時の目の中に偽りを見つけることができなかったのであろう頼朝が、そう呟いた。そうだ、この覚悟に、偽りなど、ない。そう強く景時は思う。今の自分にあるのは、真実だけ。
視線を外すことなく頼朝を一心に見つめていた景時は、頼朝の様子が変わったのに気付いた。明らかに、迷いが見える。
(……望美ちゃん…!)
仲間たちが、荼吉尼天に勝利したのだろう。頼朝に切り札がなくなったのだ。景時はここぞとばかりに畳み掛けた。
「頼朝様……どうか、虚威をお捨てください。
 荼吉尼天が敗れた今、龍神の力に対抗しうる手段はございますまい」
本来なら、こんなことを口にするだけで頼朝に切り捨てられても文句は言えまい。景時を殺した後に逆鱗を手に入れれば済むだけのことだ。しかし、景時は頼朝のもう一つの心があるということに賭けた。
「……景時、望みは何だ」
「九郎義経殿の無罪と、母の解放……
 京にて皆で平穏に過ごせるようお願い申し上げます。
 ……そして、鎌倉を武家の都とし、これ以上、血の流れることのないようお治めください」
「……くだらんな、龍神の力を持ち出して願うことが、それだけか」
「はい」
権力も力も欲しいとは思わない。頼朝に取って代わりたいとも思わない。ただ、誰も傷つくことのない平凡な幸せ、それこそが願いだった。もう、誰の血も流れない、そんな世にしたい。鎌倉こそは武家の都と誇れるようになりたい。故郷を血塗られた思い出と共にある苦い存在としたくない。そんなささやかな願いを、頼朝は馬鹿馬鹿しいと思うだろうか。いや、そう思う心が、きっと頼朝にも何処かにあるはずだと景時は思いたかった。
「みなの者、よく聞くがいい」
徐に頼朝が声をあげた。他の御家人たちもはっとしたように頼朝に向く。
「軍奉行・梶原景時の言により、九郎義経の嫌疑は晴れた」
その言葉に辺りがざわつく。思いもよらぬ頼朝の言葉に思わず不満を漏らす声も聞こえる。しかし、頼朝は動じもせずに一同を見渡す。その様子にじきに声も静まった。
「では、京・西国は変わらず九郎殿に委ねられたと考えてよろしいでしょうか」
皆の前で確証を得るように景時が尋ねると
「好きにせよ」
ふん、と軽くあしらうように頼朝はそう言い、さらに言葉を続けた。
「軍奉行・梶原景時には引き続き、九郎義経の右腕として京にて務めるよう命ず」
「はっ」
景時は深く頭を垂れ、その命令を聞いた。握り締めた手が熱かった。胸が一杯だった。望美との約束を果せたということが何よりも嬉しかった。
「……景時」
頼朝に呼びかけられ、景時は顔を上げる。
「お前の望む平穏な世など――人が生きる限り、血の流れぬ世などない。
 人は裏切る弱い生き物。親が子を捨て、子が親を切る。
 主は臣を切り、臣は主に弓引くもの。
 そうでないと言うのであれば、お前がそれを証明してみせよ」
嘲笑うように頼朝はそう言った。力を得てなお、権力を求めぬ生き方があると証明してみせよと。そしてそれは同時に怪しい素振りがあった時には、次こそは源氏の敵として討ち滅ぼすとの宣告でもあった。
「ははっ」
しかし、景時はその言葉に違う意味も見出していた。頼朝はそれを証明して欲しいと思っているのではないかと思ったのだ。いつかきっと。
頼朝と九郎と、兄弟2人が分かり合える日を。景時は九郎のために、そして頼朝のためにもそんな日が来ることを強く願った。




景時サイド。というより、なんだか頼朝がいっぱい?
頼朝という人の屈折した心は、本当のところ、どんなものなのかなあと
考えてしまいますね。ちょっと私、頼朝に夢見がちですかね??
とにもかくにもやっとここまでやってきました。


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