■砂浜にて■ BY.森生
晩夏の海は、波のうねりも強く、沖の風の強さを物語っていた。
照りつける太陽の日差しは、夏のものとさして変わらないように思えるのに、どこかに秋の気配が潜んでいるのが感じられる。たとえばそれは、空の色とかそういうものかもしれないが。
夏の日差しはあまり好きではない。
光がまぶしすぎて、見るべきものが見えないような気がするからだ。あまりに強い光は、地に濃い影を落とす。闇に潜むものを見失わせ、光の中にあるものを見逃させる。
石造りのヴォーラスの町は、蒸し暑い上に照り返す光がさらに気温を高く感じさせた。あの町であの季節に鎧を着込んでいる騎士団連中は、どう考えても我慢の限度を越えているとしか思えないのだが。その中でも特に我慢の限度を越えているに違いない知己の顔を思い浮かべてシーヴァスは苦笑する。今の季節もあいかわらずの鎧姿なのだろう。
その点、ヨーストの夏はシーヴァスにとっては、ヴォーラスより過ごしやすいものだった。海からの風が多少なりとも空気を冷やし、季節の変化を敏感に感じさせる。時に、変わりやすい天候に悩まされることあったが、それとても、見方を変えれば面白いものだ。やはり、変化がなくては面白みがない。たとえば、人生であっても。
砂浜を歩くシーヴァスは、ふと立ち止まって自分の足跡を振り返る。盛りを過ぎてしまった海は、訪れる人もなく波打ち際を歩いてきたシーヴァスの足跡だけが点々と残されている。
誰もがこぞって砂浜を訪れる盛夏の頃には一度もここへこなかった。人がいなくなるこの時期に好んで来るとは、自分も相変わらずだと苦笑する。だが。
人と同じ道を歩むことに何の意味があるというのか。
人と同じものを見るだけで満足できる者はそうであればいい。
私は違う。
同じでは満足などすることはできない。自分の求めるものが何であるかは、いまだはっきりと形にすることはできなかったが、それでも、自分にしかできない何かを成し遂げたいとそう思っていることは自覚していた。それを野心と呼ぶ人もあるかもしれない。
権力を持ちたいと、そう思うわけではない。
言うなれば、この気持ちは若さゆえのありがちな夢想なのかもしれない。自分には何かができるはずだ、とそう、誰もが思う年代の一つの現れなのかもしれない。
だが。
あなたは、それができる人なのです
あれは、かなりの殺し文句だったかもしれないな。
今更になってそう思って苦笑する。別段、彼女の話を信じたわけではないし、この世界の崩壊だの、閉じた時間だの、天使の勇者だの、すべての話はどうも現実離れしていて夢想がかっていた。それでも、自分にしか、それができないと言われれば、多少なりともその気にはなるものだ。
勇者の歩む道というものは、いうなればこの砂浜の足跡のようなものだ。
他に共に歩む者もなく、いずれは波に消えていく。
それでも、振り返って見たときに、自分の心にだけは歩んできた軌跡が見え、満足感に似たものがわき上がる。
海鳥が風に乗って上空へと飛び立つ。
風になびく髪をかきあげながら、その羽音にシーヴァスは波の上を飛ぶ鳥たちに目を向ける。
砂浜に残る足跡は自分一人のものではあるが、歩む道は一人ではない。
そう思い至って唇の端に笑みが宿る。
歩む自分の傍らを飛ぶ乙女の姿がその思いの先にはある。
砂浜に残る足跡は自分一人のものなのだろう。
だが、歩む自分は一人ではないし、いつまでも足跡は一つとは限らないものだ。
いまだ誰も成し遂げたことのないことを、自分は成し遂げることができるだろうか。
魔を倒すこと。
世界を救うこと。
そして。
空を見上げるシーヴァスの視線は、遙か空の彼方、翼持つ乙女の住む世界へと向けられていた。