■想い月■ 高瀬 皇さま
今日は満月。雲一つなく神々しいまでに輝いている。さもすれば月の魔力に魅せられてしまいそうな夜。人となりインフォスで暮らす元・天使リュティアは溜息をついた。愛し愛されて一緒になった夫シーヴァスは政務に忙しく、毎夜月が地に沈む頃にしか帰ってこない。忙しいのだからと気遣ってはみるものの、リュティアは人となってまだ日が浅く、シーヴァスがいないだけで心細くてつい涙腺がゆるんでしまう。それを誤魔化すために窓から月を眺めるのが習慣となってしまった。
ふと、頭の中に昔の思い出が過る。そう言えばシーヴァスに必ず会うときはほとんどが夜であった。別に彼をおざなりにしていたわけではないのだが、他の勇者の事情が重なって夜しかリュティアに時間がなかったのだ。いつも彼はリュティアが今いる場所。広間の中央にある窓に寄り添って月を眺めていた。月明かりに照らされるシーヴァスが余りにも綺麗で(そうシーヴァスに言ったら彼は憮然としていたが)リュティアはついつい見惚れてしまっていた。秀麗な顔の奥に潜む憂い。貴婦人とのゲームを楽しんでいる時には絶対に見れない素顔の彼。そんな彼を励ましたくて何度となく暇を見つけてはピクニックやお茶会などを催してみたりもした。シーヴァスは面倒くさげにしてはいたが、一番協力してくれたのもまた、彼であった。素直じゃない彼が可愛く見えたのもこの時からだった。そしてそれが天使には芽生えるはずのない“恋心”であると知ったのは彼が炎王アドラメレクの言葉に惑
わされ、行方不明になったときであった。
ローザの報告も耳に入らず、気がついた時にはインフォスの上空にいた。本来な
らばベテル宮の門番である天使達に報告をしてから出かけなければならないのだが、そんな悠長な事は言っていられなかったから、帰って来てからこっぴどく叱られてしまった。それも今は微笑ましい記憶なのだが。
「シーヴァス!!」
「…君か。よくこの場所がわかったな」
「シーヴァス!!」
「?…リュティア。泣いているのか」
「当たり前です!!どれだけ…どれだけ心配したか!!心配…したかっ」
泣き崩れるリュティアをそっと優しく抱いてくれたのは、月明かりではなく彼女を一番大切に想ってくれている愛しい恋人であった。
「泣いてくれるのか、リュティア。アドラメレクの言葉に惑わされ勇者を放棄しようとしている臆病なこの私を」
アドラメレク。その言葉を発してリュティアを抱きしめる力が少し強くなる。
「シーヴァス。天使は勇者に戦いを強制することは出来ない事は前に良いましたよ
ね?」
「ああ。確かにそう言っていたが」
「私の我が侭を一つだけ聞いてくれると約束してくれましたよね」
「?ああ、したが。急に何を?」
「じゃあ、今、我が侭を言います。シーヴァス。私は大天使ガブリエル様たちからインフォスの守護を仰せつかりました。最初は不安で仕方がなかった。アルスアカデミアをつまり、地上界で言えば学生でしかない私が守りきれるのかと。でも・・でも、シーヴァス。あなたは気づいているかどうかわかりませんけど、あなたがいるから。あなたがいるから、あなたの大切な人達が暮らすインフォスだから私はここを護りたいと想っているんです。その私を護ってください、シーヴァス」
「…突然何を言い出すのかと思ったら…リュティア。告白というものは男からするものなのだぞ。それを君から言われるとは思っても見なかった」
「これを言ったらまた怒られてしまうかも知れませんけど」
悪戯っぽく微笑む天使にシーヴァスは胸を高鳴らせた。それを知ってか知らずかリュティアは言葉を紡ぐ。
「驚くあなたの顔が見たかったんです。私、あなたの驚いた顔に魅せられてしまったんです。その時の表情があなたの最高の表情だから、と言ったら、怒り、ます?」
「…私情で良いのか、このインフォスを護りぬく理由が」
「だって、“我が侭”ですもの。絶対約束は護ると私とフロリンダに、あ、その時、アーシェもいましたね。誓いましたよね?シーヴァス」
「…君って人は…。・・リュティア」
「はい」
「じゃあ、私からも一つ我が侭を言わせてもらおう」
「何でしょう」
「この戦いが終ったら地上に…私が暮らすこのインフォスの地に降りて欲しい。君を妻に迎えたい。一生、愛しぬいて行きたいんだ」
「シーヴァス…嬉しい。嬉しいです。シーヴァス。私もシーヴァスと同じ気持ちでした。あ…」
「?」
「うふっ、“愛している”という誓いは聖なるものなんですよ。だから、この戦いが終ったら言います」
「…酷くないか、それは」
「心配させた罪滅ぼしと思ってください。…今の言葉であなたは私の心を捕まえたんですもの。それぐらい良いでしょ?」
「…そうだな」
「?素直ですね」
「君の前だけだ。素直になれるのは」
「…ずるいです、シーヴァス。私のなけなしの心の破片を持って行ってしまいました。今の言葉で」
「無け無し…そんな言葉何処で覚えてくるんだ」
「?アーシェが教えてくれたんですよ。彼女は町で色々な事を教わっているそうですよ。ためになります」
(余計な事を教えなければ良いが…)
リュティアに気づかれないようにそっと溜息をつくシーヴァスの頬に白いそして暖かい手が添えられる。
「シーヴァス」
「なんだ?」
「貴方に逢えて良かったと本当に心の底から思います。…その…シーヴァスはどうなんですか?」
先程までこちらが舌を巻くような饒舌さで愛を囁いていた天使が急に子供のようなことを聞いてくる。思わず頬が緩んでしまう。
「…戦いが終ったら言おう。愛の誓いは“聖なるもの”なんだろう?」
「!!シーヴァス!!シーヴァスの意地悪!!」
「はははっ。怒るな、リュティア。綺麗な顔がだいなしだ」
「ううっ〜〜〜」
くす、声を出さずにリュティアは微笑む。今となっては懐かしい思い出。でも、死んでも心の中にとっておかれる至宝の言葉。インフォスに人として降りたことは後悔などしていない。人として生きて行く事に不安はない。だが・・・シーヴァスが。愛しているあの人が側にいない、それだけで身を軋ませてしまうほどのこの辛さに耐えられるかどうか、それがリュティアのたった一つの心配事だった。
チカリ。急に月が一瞬強い光を放った。それに見惚れていたリュティアは月の魔法に溶かされる。遠くから幻聴が聞こえてきた。
リュティア…
愛する天使リュティア。君は今、何をしているのだろう
私と同じ勇者に同行しているのだろうか、怪我などはしていないだろうか
知る術がないことがこれほど悔しいと思ったことはない
側にいられないことがこんなにも心を軋ませるとは想ってもみなかった
君が月を背にして私の館に現れたとき、私はその時、君に魅せられてしまった
それからだろう、君が来ない夜はいつも窓辺に寄り添って月を見ていた
曇り、雨、雪の日。関係なく、一点の方向を見つめつづけていた
そうしていれば君が神々しい月の光りに照らされながら私の懐に来てくれるのではと甘い幻想を抱きながら
リュティア…リュティア…
君は狂おしいまでに君を想うこの切なさを知っているのだろうか
それを表に出したくなくて君をからかう、この子供のような私の心の内を
君は知っているのだろうか。
逢って力の限り抱きしめたい、君が痛みに怯えるその表情さえもが私の心を惑わせる媚薬である事を君は知らないだろう。
リュティア……
「?リュティア」
「…シー・・ヴァス?」
「?まだ起きていたのか。いくら館の中とはいえ風邪をひくぞ」
机の上に置かれていたショールを窓辺に寄り添っていたリュティアの肩にかける。
ふと、シーヴァスは何かに打たれたかのように震えた。
「?どうしました。シーヴァス」
「いや…」
「…シーヴァス」
「な、なんだ」
「月が綺麗、ですね」
「?ああ、今日は満月なのだな。馬車の中からも見たがここが…」
「「一番、月が美しく見える場所」」
「ですね?」
「…リュティア」
「シーヴァス。私の言葉は私の心をあなたに伝えるのには不充分かもしれません。
けど、でも言いたいんです。シーヴァス。シーヴァス」
そっとリュティアに寄り添い懐に抱き彼女の首筋に甘い口付けを振らせるシーヴァスを後ろ手に抱きしめ、リュティアは紡ぐ。愛の言葉を。聖なる愛の言葉を。その恋人達の甘い踊りなき優雅なダンスを月が暖かく見守っていた。
あとがき
……ぐはぁっ!!高瀬、10000ポイントのダメージ!!高瀬は消滅してしまった!!
ので、コメントは控えさしていただきやんす。前回、砂はいたから今回は星砂でもはくかね。あ、どっちにしろ砂か。ああ〜〜、怒られちゃうよお。レイヴ君のファンだって公言してるのにぃ。レイヴ君の話がなかなかでけんのよぉっ。プロットは出来てても先に進まないのよぉぅ。愛を愛を頂戴〜〜〜レイヴ〜〜。・・アホらし。設定資料集でも見て勉強すっか。では、ここまで読んでくださった方に
「ありがとうございます。皆様。皆様に天使の守護が降りますように」
「…君は覗きが趣味なのか。…ふん、関心せんな。ぐは?!」
ボガ、バキ、ドスッ!
「ほほほっ、シーヴァスは照れているだけなんです。では皆様、ここまで読んでくださったありがとうございました。では、失礼します」
「リュ・・リュティ・・ア?」
「ほほほっ。愛と喧嘩は別次元で考えてくださいね?シーヴァス。ほほほっ」