■謝肉祭の夕べ■ 玉菜さま
天使の勇者シーヴァス・フォルクガングは一つの事件を解決し宿屋でその傷を癒していた。無論天使も援護に駆けつけたのだが回復魔法が一歩遅れ、彼の体力は随分と減少してしまっていた。
と、部屋の一角に優しい気配を感じて顔を上げる。
「大丈夫ですか。シーヴァス」
「ああ、君か。見てのとおりだよ」
「すみませんでした…」
「君は謝りにきたのか?」
今にも泣きそうな天使の顔から目をそらし、そっけなく尋ねる。
「え?あ、違います。そう、良いものを持ってきたんです」
「良いもの?」
思い出したように顔を輝かせると、持っていた袋をかき回して中から乾し肉のようなものを取り出した。
「これ、食べてください」
「なんだこれは?」
「体力の回復に効果があるんです。オールポーションと同じくらい」
ニコニコと差し出されたものを受け取り、口に運ぶ。
「おいしいですか?」
「まずくは無いな」
オールポーションの名が出たときに、あのくらい不味いものかと覚悟したのだが、以外にも鶏肉の燻製のような味で悪くない。
「元気になりました?」
全て食べ終わると天使が話しかけてきた。
「ああ、随分と良くなったな」
今までの疲労感が嘘のように思える。しかも心なしか晴れやかな気分になっている。
「良かった…」
心底ほっとしたようにつぶやく天使の優しい表情に見とれてしまう。胸が痛むのは何故だろう。
「あの、どうかしまして?」
「あ、いや、さっきのは一体なんだ?始めて持ってきたものだろう?」
天使に不思議そうに問いかけられて、慌てて話題を変える。
「あ、はい。あれはガブリエル様の翼です」
「はぁ?」
その言葉に意味を理解するまでにはたっぷり数秒はかかった。
「つ、翼って、その、君達の背中に生えてる…」
「ええそうです」
「そうですって、君…」
「あ、ガブリエル様くらいになると翼を切っても半年ぐらいでもとにお戻りになるから大丈夫です。私ではまだ無理ですけど」
絶句している彼を見て何か勘違いしたらしく説明する。
「いや、そうじゃなくて」
「味付けが濃かったとか?」
「いや…」
「硬かった、とか?」
共食いと言う言葉を知らないのだろうか?
「君達は、平気なのだな…」
「え?」
「天使の翼を食べると言うことに…」
「平気って、何がですか?まあ、貴重品ですからあまり口にする機会はありませんが…。
まあっ、どうしました?顔色が悪いですよ」
「すまないが、少し休ませてくれないか」
「ええ、もちろん。すみません。気が付かなくて」
「いや、気にしないでくれ」
「あ、ガブリエル様の翼、もう少し食べます?」
「いらん!」
突然怒鳴られて天使が驚きに目を見開く。
「怒鳴って悪かった。だが、頼むから二度とそれは持ってこないでくれ」
「…はい」
涙目になってしまった天使。その表情に後悔の念が湧き起こる。
「では、ほかの方に差し上げます…」
「あ、待ちたまえ」
「なんですか?」
「他の勇者には、それが何の肉か絶対言っては駄目だ」
「どうして…?」
「どうしてもだ」
「……わかりました。それではお大事に…」
天使の消えた空間をしばらく見つめ、やがてため息と共につぶやく
「参ったな」
彼女の気持ちは嬉しいし天界では当たり前かもしれないが、一体どこに天使の肉を平気で食べられる人間が居るだろうか?天使と人間の差を改めて思い知らされた。
「それにしても…」
思わず口に出る。今彼の頭は二つの事で一杯だった。
一つはすっかり意気消沈した彼女にどう接したら良いのか、ひどい態度をとった自分を彼女がどう思っているのだろうということ。
もう一つは、これだけ違いのある“天使”という生き物に地上に残って欲しいと言って良いものだろうかということ。
彼の苦悩はしばらく続くのであった。