■My Angel■ 玉菜さま
「ナーサディア、お元気ですか?」
「あら、どうしたの?なにか用」
宿屋の一室でくつろいでいたナーサディアの前に天使が姿を現した。
幼く愛らしい天使を彼女は妹のように可愛がり、彼女の恋の相談相手にもなっていた。
「特に用というほどではないのですが、どうしてるかと思って」
「あらそう。別に変わり無いわよ」
最近この天使は以前にも増して可愛らしいとナーサディアは思った。それはきっと恋をしているから。そして、全てが終わった後彼のそばに残ると約束を交わしたから。
「で、あなたの方はって、ちょっと、その首…」
「はい?」
不思議そうな顔をする天使の白く細い首筋にはくっきりとキスマークが刻まれていた。
「あなた、それ」
「首がどうかしましたか、何だか皆さんおんなじことを言うんですけど…」
首に手を当て汚れを取るように軽くこする天使に悪びれた所は無い。
「え、皆さんって?」
「今日会った勇者達です。皆変な顔で私を見るんです」
「誰に会ったの?」
「全員です。あ、でもシーヴァスは普通でした」
「あなたの彼氏の?」
「…ええ…。一番始めに会いに行きました…」
俯き嬉しそうに微笑む。
「ねぇ、その時、キスされなかった?」
「え、えーっと、あの」
「したのね」
真っ赤になって言を左右する様子にやれやれといった調子でナーサディアは言う。すぐに顔や態度に表れる判りやすい天使。
「あの、それがなにか」
「で、ここら辺に」
そう言って自分の首を指差す。
「キスされなかった?結構強く」
「……ナーサディア、どうしてわかったんですか?」
いきなり言い当てられ、照れることも忘れて肯定する。
「…キスマークが付いてるわよ」
「キス、マーク?なんです、それ?」
「知らないの?」
「はい」
首を傾げる天使。その無邪気な表情に脱力する。
「ふぅ、あのね、肌に強くキスをすると紅い跡が残るの。これがキスマーク」
「え、ってことは」
「あなたの首にはっきりとあるわ」
「では、他の勇者が変な顔をしたのは…」
「そりゃあ天使が堂々とキスマーク付けて現れた日にはみんな驚くわよ」
頬が紅潮し胸元で握り締めた手が震えている。
「で、でもシーヴァスが気付かなかったってことも…」
「絶っっ対、わざとだわ」
その言葉に涙ぐんだ瞳を向ける。
「キスマークなんて、人間の世界じゃ常識だもの。あの貴族のボーヤが気付かないなんてこと有るわけ無いじゃない」
「それでは、私は…」
知らなかったとはいえ、勇者全員に自分がキスされたことを公表して回ったのだ。
そう言えば、いつも他の勇者の面会に行くと言うと少し不機嫌になる彼が、今日、首にキスした後は随分上機嫌で送り出してくれた。
「大丈夫?」
無言で項垂れる天使の頭をなでようとそっと手を伸ばしたその瞬間。
「ナーサディア!」
「なに?どうしたの」
泣きそうな中に怒りのこもった天使の表情に驚く。
「シーヴァスのところに行ってきます」
「大丈夫なの?」
「こんなことは二度としないように言って、仕返しをしてきます」
「仕返し?」
この天使には似合わない言葉だ。
「はい。どれだけ恥ずかしかったか、同じことをしてやります」
「おんなじ事って…!ちょっと、待ちなさい!」
ナーサディアの制止の言葉は、しかし虚空に消えた天使の耳には届かなかった。
「あらら、行っちゃった…」
一人になった部屋で呟いた。
本当に人間のことをよく分かっていない天使だ。彼がわざわざキスマークをつけたのは、彼女を恥ずかしがらせたり怒らせたりしたかったからではない。ただ彼女が自分のものだと誇示したいため。天使がシーヴァスの首に跡が残るほどキスをするなんて、彼を喜ばせる以外の何者でもないだろう。
くすくす笑いながらグラスにワインを注ぎはるかかなたの恋人たちに乾杯する。
「可愛い天使とやきもち焼きの勇者さんへ。でもね、ボーヤ気持ちはわかるけどあんまりやりすぎないようにね」