■金の糸 銀の糸■ さやぎさま
それは、依頼した事件の場所へと、森の中を進んでいた時のことである。
「サリューナ!」
ふいに、シーヴァスは少し前を飛んでいる天使を呼びとめた。
「?はい、なんですか?」
淡い青の翼をひらめかせて、軽やかに振り向いた天使は、腕を組んで見上げているシーヴァスの目の前に降り立った。そうしてわずかに小首をかしげて彼を見上げる。
「どうしたんですか?」
「いや、たいしたことではないんだが…」
シーヴァスはすっと手をのばして、長くひとつに編みおろした銀の髪をとりあげた。
彼女の瞳と同じような色合いの、細いリボンでしっかりと留められている。
「あの、わたしの髪がどうかしましたか?」
「…どうして最近、いつも結んでいるんだ?ずっと下ろしたままにしていたろう?」
「ああ、これですか」
やっとわかったというように、サリューナは微笑んだ。
「すっかり長くなってしまいましたから…戦いの時とか、移動している時には、なびいてしまって邪魔になるでしょう?こうして編んでおけば、なかなかほどけませんし…」
「なるほどな」
サリューナが話すのにうなずきながら、シーヴァスは艶やかな髪の房をもてあそんでいたが、ふいにリボンに手をかけると、するりとほどいてしまった。
「シーヴァス?何を…」
とまどったように声をあげるサリューナにかまわず、リボンは指にからめたまま、
「確かに、簡単には解けないようだな」
ふ、と笑んだシーヴァスは、まだ形をとどめている髪に手を差し入れて、手ぐしでざっととかしてしまった。
ゆるく波打つやわらかなそれが、ふわりと背中にひろがる。
「やはり、この方が似合っているな」
銀の糸が木漏れ日を浴びて光をはじくさまを、シーヴァスは満足げに眺めた。突然のことに、サリューナは目を見張るばかりだったが、
「…あなたというひとは…次に何をするのか、まったく予想もつかないんですから…」
困ったような笑みを浮かべると、また翼を広げて空へと舞いあがった。
それから、すぐに何か思いついたように宙にとどまると、くるりと反転してシーヴァスの背後にまわる。
と、
「…サリューナ!?」
ばさりと自身の背中に流れた金の髪に、シーヴァスは手をやった。天使はいたずらな笑みを向けると、
「お返しです」
そう言って戦利品をかざしてみせ、再び空へと昇っていった。
「…やられたな、私としたことが」
いつも鮮やかなまでに、心を奪ってゆく天使を見送って、シーヴァスは手元に残された青いリボンに気付いた。
「たまには、気分を変えるのも良いだろう」
そう呟いて、手早く髪をまとめた。
…そして、シーヴァスの髪留めで髪を結びなおした天使が戻ってくるのは、もうしばらくあとのことである。