「シーヴァス」
自分を呼ぶ誰かの声。
「だれ?だれが僕を呼んでいるの?」
「シーヴァス」
あたりを見回すが誰が呼んでいるのかわからない。
「だれ?君はだれ?どこにいるの?」
「シーヴァス」
「だれ?どうして僕を呼ぶの?」
「うーん、朝?」
不思議な夢を見るようになってから数ヶ月。
(また、だれかが僕を呼んでいた……誰なんだろう)
誰か他の人に言っても、『ただの夢だよ』と言われるだけ。だから、言わないようにしていた。でも、と思う。
(ただの夢っていうには、ものすごく本物みたいな感じなんだ……)
そして、その夢の声は夢を見るたびに強くなっているような気がする。
(ううん、気がするんじゃなくって、本当に強くなっている……本当にだれなんだろう)
(また……あの夢だ……)
きょろきょろと見回してみる。
(あれ?)
彼は首を傾げる。
(なんだかいつもと違う……みたい)
あたりを見回した彼は、いつもと違うということに気がつく。
(どこがどうっていうのはわからないけど……何だか雰囲気が……あっ!)
「助けて!」
何か黒いものに追われる少女。
「だいじょうぶ?僕の後ろに早く!」
あわてて走り寄ると、少女を背中に隠す。と、彼の前に黒い影(のように彼には見えた)があらわれる。
「いったいお前はなんなんだ!?」
『それを渡してもらおう。それはいずれ我に仇をなす。今のうちに災いの芽は摘んでおかねば……』
黒い影の意志が彼の脳裏に浮かぶ。
「いつかじゃまになるからって……今、けすなんて……」
震える少女を必死にかばう。
『さあ……渡してもらおう』
黒い影が手を伸ばす。必死にそれをはらう彼。
「そうは、させない!!」
そう彼が叫んだ瞬間、光があたりを包み込む。
『何!?この光は……そうか……お前が……いや、お前も……いずれこの礼は払わせてもらおう……』
「だいじょうぶ?もうあいつ行っちゃったみたいだよ」
振り返ってみると、震える少女にやさしく声をかける。
「あ……ありがとうございます。シーヴァス」
「???どうして……」
彼女が自分の名前を知っているということに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「どうして僕の名前を知っているの?初めて会ったのに……」
不思議そうにつぶやく彼に少女は初めて微笑む。その優しい微笑みに見とれる彼。
「初めてではありません。シーヴァス。私はいつも貴方に呼びかけていました。そう……いつも私があの黒い影に追いかけられた時に……」
「いつも追いかけられていたの?」
「はい……」
「でも、変だよ。僕、夢を見ているのに……どうして僕の夢の中にいる君がいつもあいつに追いかけられることになったの?」
何だかわからないと言う彼。そんな彼に彼女は説明する。
「ええと……こう言えばいいのでしょうか?つまり、貴方が夢を見ていると同時に、私も夢を見ているのです」
「君も……今、夢を見ているの?」
「はい……どういうわけか、私の夢と貴方の夢が交わってしまっているようで……でも、お陰で助かりました」
『私の力では、あれはどうしても追い払えないので……』という彼女。彼女の言っていることばの意味がわからない彼。
「あれは何?そういう君は何?君の力では追い払えないってどういうこと?」
そう聞くと、彼女はしばし沈黙する。そしてことばを選ぶ。
「あれは……そう、あれは影です」
「影?」
「はい……天界の影とも言うべきものなのかもしれません……」
「???」
「私は何かと言いましたね、シーヴァス。私は……天使です」
「天使?あの、翼のある?」
彼女はどうみてもただの少女にしか見えない。
「ええ……こうすればいいですか?」
「うわ〜きれいだね」
彼女が自分の翼を彼に見せる。白い翼。
「触ってみてもいい?」
「ええ、どうぞ」
「うわ〜、とってもやわらか〜い」
「私はまだ生まれたばかりなのです」
「生まれたばかり?だって、僕と同じくらいの年じゃないの?」
「ええ……たぶん、人の子の年にしたら同じくらいかもしれません……」
「???」
彼女は彼に言う。つまり、永遠の命を持つ天使からみたら、自分は生まれたばかりに等しいと。
「ふ〜ん。そうなんだ……」
「だから、私にはまだ天使が持つ力というものがほとんどないのです。だから、あれにいつも追いかけられて……」
『でも、貴方があれを追い払って下さいましたから、もう追いかけられることもないでしょう』と嬉しそうに言う彼女。
「僕、何もしてないよ」
「いいえ、貴方があれを追い払って下さいました。あの光で……」
「ひかり?」
「ええ、貴方にはわからないかもしれませんが、貴方には光があります……」
「あ、もうすぐ朝ですね」
「え?」
夢の中では時間の概念などわからない彼には、今が夜なのか、はたまた、明け方なのかすらわからない。
「もうすぐ夜が明けます。そうしたら、もう二度とお会いすることはないでしょう?」
「え?もう会えないの?じゃあ、もう君が僕を呼ぶこともないの?」
今にも泣きそうになる彼に、少女は哀しそうな顔をする。
「申し訳ありません。本来なら、天界のものと人の子とが出会うということはあり得ないことなのです……」
「そうなの?」
「はい。貴方の力が必要だったから、きっと夢の中でお会いできたのかもしれません」
天使の哀しそうな表情。そんな彼女を見ていたくない彼は、努めて明るく言う。
「じゃあ、君に会えたのは、とっても運が良かったってことなんだね」
「そうですね。私も貴方に会えてよかったです」
「あ、もうすぐ日の出です。そうしたら、この夢も醒めますから」
「うん……」
二人とも何も言えなくなり、沈黙が広がる。
「あ……日の出です。ほら、あそこから、夢が別れてきているでしょう?」
「うん……」
「本当にありがとうございました」
微笑む天使。夢と夢の別れ目はそこまできている。
「ねえ、また会えるよね!」
狭くなる視界。見えなくなる天使に呼びかける。
「シーヴァス?」
「また会えるよ!きっと。僕、忘れないから!君も覚えていてね!」
(シーヴァス……この夢は……失われてしまうはずなのです……)
天使の瞳に涙が溢れる。
(貴方が忘れてしまっても、私は忘れませんから……)
(うーん、なんだか夢を見ていたみたい……)
朝起きた彼。夢の内容を思い出してみようとする。が、よく思い出せない。ただ一つだけ思い出せること。それは……彼女のこと。
(きれいな女の子が出ていたよね……でも……あれはだれだったんだろう……)
「天使さまぁ。勇者候補の方を見つけてきました〜」
「まあ、フロリンダ。どんな方ですか?」
「シーヴァス・フォルクガングといって………」
(シーヴァス?まさか……あのシーヴァス?)
「天使さま?天使さま?」
(ああ、シーヴァス、貴方の言う通りでした。また会えましたね……)