■銀の剣■ さやぎさま
「シーヴァス、こんばんは!」
いつも通りの澄んだ声が、今まさに寝台へ横たわろうとしていたシーヴァスを引き戻した。
諦めのため息を軽くつきつつ、不機嫌さを隠そうともせず振り返る。
「サリューナ…」
そこには、予想と違わず、にこにことしながらなにかの大きな包みを抱えて立っている銀の髪の天使がいた。青みがかった真っ直ぐなそれが、夜目にも鮮やかに映る。
「…また君か。全く、どうしていつもいつも、人が眠ろうというときにあらわれるんだ?」
その言葉に、サリューナは心底申し訳なさそうに頭をさげると、
「ごめんなさい。あなたが気分を害されることは分かっていたんですけれど…やっと、新しい武器が出来たので…」
おずおずと包みを差し出した。
「やはりな…」
シーヴァスは苦笑して、包みを受け取った。これもまた、いつものこと。
華奢な両の手を祈るように組んで、期待と心配をあらわに息をつめている天使の視線を、多少くすぐったく感じながら、手早くくるんだ布を取り去ってしまうと、月光にきらめく銀の剣があらわれた。
「ほう…美しいな」
全体にほどこされた精妙な細工もさることながら、つかの部分に埋め込まれた青い水晶が、殊の外目を惹きつける。
まるで、彼女の瞳のごとく。
シーヴァスは剣を鞘ばしらせると、刀身を夜気にさらした。軽く型どおりに振るうと、しっくりと手になじむ重さとバランスの良さに、薄く笑みを浮かべる。
「…どうですか?」
「申し分ない。…今まで君が贈ってくれたものの内で、文句なく最高の出来だな」
手放しの誉め言葉に、サリューナはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、シーヴァス!気に入っていただけて嬉しいです!今回のは自信作だったんですよ!その水晶には魔力が封じられていてですね…」
そう言って、嬉々として説明をはじめる天使に、シーヴァスは笑みを誘われた。
初めて武器を持って彼女が訪れたとき、こういうものをどこから調達してきたのか、不思議に思って尋ねた時のことは忘れがたい。
『…その、わたしが作ったんです…』
わずかに頬を染めて、はにかんだように微笑んだ天使に、シーヴァスは絶句したものだった。
この、華奢な女性が?しかも天使などという、争いとはまるで無縁のような者が?
『…あなたがた勇者の戦っているのを見ていて…いてもたってもいられなくて。でも、直接の干渉は許されてはいませんから、それならせめて、身を守れるように、武器と防具はわたしの手でって…』
彼女は、元々は力を秘めた指輪などの装飾品を作るのが仕事だったという。その技術はアルスアカデミアどころか、天界でも並ぶものがなかったと妖精から聞いて、なるほどと思ったものである。
「…シーヴァス?どうしたんですか?」
不思議そうに彼を見上げるサリューナに、シーヴァスは目を細めた。
「いや。全く、君ときたら…自分の好きなこととなると、夢中なんだからな」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「謝ることはない」
シーヴァスは笑って、剣を鞘におさめると、両手でかかげるように持ち上げた。
正面に立つ天使と、銀の剣が視界に重なる。
「まるで、君のようだな…」
「え…?」
儚げなほど、華奢で美しいというのに、芯はおどろくほど強い。シーヴァスはひやりとした鞘に、そっと唇を寄せた。
「…!!」
とたんに、かあっと頬を朱に染めたサリューナが、両手で口元を押さえた。気づいたシーヴァスは、からかうような笑みを向けると、
「どうした?…君にもキスが必要か?」
「…!し、知りません!も、もう帰ります!」
くるりと背を向けて、帰還の呪を唱えはじめる天使に、シーヴァスは声をかけた。
「明日の戦いには、同行してくれるのだろう?」
「…はい」
聞こえるか聞こえないかの、小さな肯定の答えとともに、天使は姿を消した。
「やれやれ…このくらいであれほど動揺するとは…」
相変わらずだなと呟きながら、シーヴァスは彼女がこの時間にわざわざ武器を届けに来た意味を考えていた。長いつきあいで、自分がどんなときに不快な反応を示すかなどとうに分かっている。
明日には、依頼を受けた場所にたどりつくだろう。満ち始めた堕天使の力を受けて、より強力になりつつある魔物に対抗できるよう、彼女なりに思ってのことだ。
「…いいだろう。この剣にかけて、世界と…」
そして、君を守ってみせるとしよう。
静かな誓いを胸に、シーヴァスは再び、銀の剣に口付けた。