■贈り物■ エルスさま
クヴァール地方の、とある森の入り口にて。
ヤルルは、上機嫌だった。
「♪♪♪……よし」
最近、自分でも細工物の腕が上がってきたと思う。特に、今作っている腕輪は飾り彫りの具合といい、色艶といい、なかなかの出来映えだ。
「お姉ちゃん、喜んでくれるかな。ねえ、ラッシュ?」
「そうだな」
背もたれになってくれていた彼の友人である神獣も、少し眠たそうではあったが優しく相槌をうってくれた。それがさらにヤルルの気分をよくさせる。
「じゃあさ、早速お姉ちゃんを呼ぼう。僕、早くお姉ちゃんの喜ぶ顔が見たいもん」
彼は小刀を腰の袋にしまい、木屑をはらって立ち上がった。
ヤルルが『お姉ちゃん』と呼ぶ女性は、人間ではない。背に純白の翼を負うもの、すなわち天の御使いなのだ。しかし、ヤルルにとって彼女は天使である前に優しい乙女であった。
彼女の絹糸のような銀色の髪は、いつもふんわりといい匂いがする。母親も甘くて優しい匂いで包んでくれるが、彼女のそれは母とは違う。どちらもヤルルは好きだったが、ずっと包まれていたいのは天の乙女の芳香だった。
そこまで考えがいたって少年は赤面した。
(こんなこと考えてたら、お姉ちゃんに笑われちゃう。甘えん坊だと思われたらやだな)
この年頃の少年らしい純朴な心根から、彼はぶんぶんと首を振って思考を別なほうに持っていこうとした。そしてどうにかそれに成功すると、天使と連絡を取るために真っ青な空に視線を転じた。
「あれ?」
見上げた蒼穹に、白い翼がよぎった。鳥には持ちえない大きなそれは、間違いなく彼の慕う乙女のものだ。
「なんだ。お姉ちゃん、この近くに用があったんだね」
そのまま天使が舞い降りるまでを眺めていると、
「あ。ほんとにすぐ近くだ」
森の中に、天使は降りていったのだ。そうとわかると、元気な少年はすぐにそちらに向かって走り出した。
「ヤルル! 待っていたほうがいいのではないか?」
「いいんだよ! 二回も地上に来たら、お姉ちゃんだって大変だろ?」
ラッシュに待っているように言い置いて、ヤルルは一目散に駆けていった。
「……まあ、ありがとうございます」
「……喜んでもらえて何よりだ」
天上の音楽を思わせる天使の柔らかな声と、低くて甘い男の声が、そんな言葉を交わしていた。
「……?」
(お姉ちゃん、誰とお話してるのかな)
緑色の帳の中に身を潜めたまま、ヤルルはそっと木々の向こう側、ちょうどタンブールに差しかかる道の途中で、銀の乙女は楽しそうに向かい合った人物と談笑していた。
金色の長い髪を後ろで束ね、誰もがため息をつかずにはいられない魅力的な微笑を浮かべている青年。その強い意志を秘めた琥珀の双眸は、まっすぐに天使だけを見つめている。
それだけならまだいい。問題は、天使の腕の中に大切そうにおさまっているそれにあった。
白いバラの花束だった。清楚な華やかさを持つその花は、まるで天使本人を象徴するかのようで、美しく誇らかに気高く咲いていた。
ヤルルは思わず、手の中の腕輪を見つめていた。
……後日、ヤルルから面会を求められ地上に降りた天使は、それは見事な天使をかたどったレリーフを贈られた。礼の言葉に照れくさそうに応じた少年の顔にはなぜかこいくまがくっきり浮いていたのだが、心配した天使がいくら尋ねても彼は徹夜の理由を答えなかったという。