■恋のてほどき■ エルスさま
月は丸く、星は輝き、周囲には人の気配はない。手入れの行き届いたフォルクガング家の広い中庭は、彼ら二人だけの世界だ。
「綺麗ですね」
傍らの天使が、そっとつぶやく。この静寂を壊したくないように。
シーヴァスも、同じように静かな声でそれに答える。
「本当に。こうしていると、星空に落ちていきそうな気持ちになるな」
天使はくすくす笑った。彼の言葉がおかしかったらしい。彼はそんな天使の愛らしい柔和な顔に、しばし目を奪われた。
「シ−ヴァス?」
「君は……美しいな」
「えっ?」
きょとんとする天使。シーヴァスは、真摯なまなざしでその紫色の瞳を見つめる。暁の色の瞳に、彼の顔が映る。
「シーヴァス?」
「もし私が、君に興味があるといったら、どうする?」
「えっ? えっ?」
うろたえて身体をひこうとする天使を、彼は視線で以って戒める。そしてさらに、情熱的に言葉を紡いでいった。
「君が……好きだ」
「ちょっ、シーヴァス!?」
「君に触れてもいいか、エイレイ……?」
天使はひたすらあわてている。彼はおもむろに柔らかそうな銀の髪に、指を伸ばした。
「ああああのっ、シーヴァス、ちょっと待ってくださいっ!」
真っ赤な顔の天使はひっくり返った声で彼を制して、そのままかなり後方まであとずさっていった。
「こっ、断らせていただきますけどっ、私は男ですっ!」
……。
限りなく白い空気が、幻想的な夜の帳の中に浸透し始め、その場の二人の周りに立ちこめていく。
やがて、長い長いため息がシーヴァスの口から漏れた。
「…………エイレイ…………。君はまったく……」
あきれている。心底あきれているのだ。あんまりあきれたため気力が一気になくなって、すぐには言うべき言葉が見つからないほどに。
はしばみの瞳の若き騎士は、しばらく額に指を当ててうなっていたが、エイレイが恐る恐る彼のそばに戻ってくるや否や顔を上げ、非常に険悪な声音でゆっくりと口を開いた。
「……君がこんな非常識な時間に、わざわざ私を訪ねてきたのは、何のためだった?」
「それは……あの……」
「女性に想いを伝えるにはどうしたらいいのか、教えて欲しいといったのは君だぞ?」
そうなのだ。どうもこの『即断即決即実行』を地で行っているとしか思えない天使は、深夜遅くにやってきて、いきなり恋愛相談なぞを頼んできたのだ。もっともシーヴァスのほうも、おもしろ半分に話を聞いて、『告白』の実践までやって見せたのだから、どっちもどっちである。
「あ、そうでしたね! えっと、ありがとうございました。私、がんばりますから! それではおやすみなさい、シーヴァス」
「待て」
目的を思い出した途端にあわただしく帰ろうとするエイレイを、シーヴァスはすかさず止めた。
「何ですか?」
「まさかとは思うが、今からその女性のところへいくつもりか?」
「……駄目でしょうか」
「当然だ」
予想通りの答えにまたもや脱力しそうになるシーヴァスだったが、どうにか持ちこたえる。どうしても、これだけは言っておかなくては。
「今は夜だ。天使はどうか知らないが、夜の訪問は人間には迷惑以外のなにものでもないぞ」
「あ、そうか。……わかりました」
半分以上皮肉だったのだが、エイレイには通じなかったようだ。彼は特に表情を変えず、翼を広げて礼を言いながら空へ昇っていってしまった。
「本当に、非常識だ。天使とはみんなああなのか?」
そろそろ東には光が見え始めていた。あと数時間で、出かけなければならない。
せめて家の者が起こしに来るまでは横になっておこうと、シーヴァスはあくびをかみ殺しつつ部屋へ戻っていった。せめて、天使の惨敗報告で鬱憤を晴らそうと、意地の悪いことを考えながら。
数ヶ月後、シーヴァスのもとに銀の髪の天使が訪れ、幸福そうに恋人の話を延々と語って聞かせるのであった。
あとがき
「肩透かし」物です(爆)。単なるギャグです。ごめんなさい〜(じゃあ書くな)。
なぜか「女天使ちゃんとシーヴァス、ラブラブじゃん」とか思ったら、この話が浮かんじゃったんです。根性が悪いのかしら。ふう。ラブラブばっかりだと、つい変なことしたくなるんです。僻みですね(^^;)。
この天使君は、今のところ誰の天使か決めてません。お好きな女勇者さんとくっつけてください。