■瞳に映るのは■ BY.森生
「君が来ても面白いものではないと思うがね」
あっさりそう言われて、天使はそれでもついていく、とは言いかねてしまった。
けれども、シーヴァスがいったいどこへ行くのかは、やはり興味がある。
『もっとインフォスの人間たちのことを知りたいですしね・・・』
その慣習や生活など、まだまだ天使には知らないことが多く、人々の暮らしをもっと知りたいという気持ちは、インフォスに対する思い入れが強くなると同時に増してきていたのだった。
『シーヴァスには申し訳ないですが、少しだけ後をついていくことにしましょう』
天使はにっこりと笑う。勇者には姿を見せる天使であったが、望めば勇者から姿を隠すことも可能だった。この場合、シーヴァスにわからないようにその姿を消す。
もっとも、彼は意外と鋭くて、姿を隠していても気配を察知することもあるようであったが。
街へと足を向けるシーヴァスの後を、姿を消した天使がそっとついていく。
『やっぱり、女性と会うんでしょうか。そうだったら、おじゃますると悪いですね・・・。もし、そうだったらおとなしく帰ることにしましょう。』
そんなことを考えながら、天使はシーヴァスの後ろをついていく。
シーヴァスが立ち止まると彼女も止まり、彼が何かを見ていると彼女もその視線の先を追う。そのうち、天使は、彼がさして急ぎの待ち合わせがあるというわけでもないのだと気づいた。彼は、何かを探しているようなのである。
小物屋の前で立ち止まり、じっと様子を見ているかと思えば、花屋の前で立ち止まり、腕組みをして考え込む。そんな彼の様子がおかしくて、天使は気づかれないように彼の側でその様子を見ている。やがて、仕立屋の看板に気づいたシーヴァスは、これだ、というようにそれまでの難しい顔から一転して晴れやかな表情になると、その店へと入っていった。
『小物に、花に、シルクの仕立て屋・・・ですか。
どう考えても女性へのプレゼントですね・・・・。
あんなに真剣に考えてるなんて、どんな女性に送るんでしょうか。』
天使はそう考え、シーヴァスが真剣に女性とつきあおうとしていることを喜ぼうとした。が、不思議なことに嬉しいという感情は湧き上がってはこなかった。
突然、彼と自分の間にはとんでもない距離が存在するのだと思い知らされたようだった。
『・・・私、なんだか変です・・。女性といいかげんにつきあうのは良くない、とシーヴァスに意見したのに、彼があんな風に真剣な様子を見ると・・・・悲しいなんて・・・。』
天使は、彼が入っていった店の様子をそっと伺い、けれどその中まで入る勇気は持ち合わせず、シーヴァスが店を出てくるのを待った。しばらくして店から出てきたシーヴァスは、至極満足そうな様子で、思ったものがあったらしい。これからその女性に会いにいくのだろうか、と思った天使はしばらくその場に立ち止まって彼の後ろ姿を見ていたが、何かを振り払うように首を振ると、天空へと帰って行った。
彼女がペテル宮へ戻り、しばらくしてから妖精が面会を求める勇者がいることを告げる。
「勇者シーヴァス様が面会を希望しておられます」
天使は、勇者と面会するためにインフォスに降り、そこで彼が先ほど買い求めたものが何であったのか、誰のためのものであったのかを知ることになるのだった。