■意地悪なあなた■ BY.森生
勇者シーヴァスが面会を求めている。
そう妖精に告げられて、急いでインフォスへ降りてきた天使は、窓辺に背をむけて立っている勇者の姿を認めて地に降りる。
どきどきと高鳴る胸を抑えながら、おずおずと、その背中に声をかけた。
「シーヴァス、どうか、しましたか?」
彼女を振り向いた勇者は、端正な眉をしかめ、不機嫌な表情を浮かべていた。
「やっとお出ましか。最近は、どうやら君は私のことをお忘れかと思っていたが」
棘を含んだその調子に、天使はうつむき加減からそっと上目使いに彼を見上げる。
が、傲岸とも言えそうな冷たいシーヴァスの視線にさらされ、視線を床に落としてしまう。
「あの、あの、すみません、シーヴァス・・・。
そんなつもりはなかったんですけれど、ただ、他の勇者が戦闘に突入する時期が重なって、それに・・・」
そんな言い訳を彼が聞き入れてくれるとは思えなかったけれど、天使は一生懸命に事情を説明した。
(どうして、私は彼に対してはこんなに臆病なんでしょうか・・・。)
だんだんと自分が情けなくなってきた天使は、やがて黙り込むとくるりときびすを返し、天空へ帰ろうとした。どうせ、怒っている彼をなだめることなんて、自分にはできはしないのだから。
けれど、そんな彼女を背後からシーヴァスが腕をつかんで引き寄せた。体勢を崩した天使は、シーヴァスの胸の中に倒れ込む。背中から抱きしめられて、天使はどうしていいかわからず、真っ赤になりながらその腕から逃れようと身を捩った。
「言い訳もそこそこに、今度は黙って帰る気だというのかね?」
怒っている。自分のやることがますます彼を怒らせている。
そう思うと、情けないどころではなくなってしまって、天使はシーヴァスの腕を逃れようとするのをやめ、堅く目を閉じてしまった。
そんな彼女の耳に、やがて忍び笑いの声が聞こえる。喉の奥で笑いをこらえているような。それは、確かにシーヴァスのものらしかった。
(???)
天使はおそるおそる目を開けると、シーヴァスの顔を見上げる。彼の表情にはさっきまでの不機嫌さなどみじんもなく、瞳はきらきらと面白そうに輝いていた。
「少しは反省する気になったかい?」
そう言われて、自分が彼にからかわれていたのだと気づいた天使は怒って彼の腕から逃れようとまたもがきはじめた。が、もちろん、シーヴァスには、彼女を放すつもりなどみじんもないようだった。
「ひどいです! シーヴァス、私、本当にあなたを怒らせてしまったかと思って・・・悲しかったのに!」
天使の抗議にシーヴァスは、笑い声で応えた。
「おや、では君は私が本気で怒っていた方がよかったというのかね?
第一、我が恋人殿が冷たいというのは間違いではなかったと思うが。
こちらから会いにいくこともできないのに、姿を現してくれない恋人に対しての仕打ちとしては
ずいぶんと手加減したと思うけれどね」
その言葉に天使は少し、顔を赤らめておとなしくなる。彼の言うことも一部分はもっともな事だったからだ。
「だって・・・だって、まだ私はインフォスを救う任務の途中なんです。
あなたと一緒にいたいと思うこともありますけれど・・・
他の勇者のことを忘れるわけにはいきません。
私のために頑張っている勇者たちを、最後まで公平に見つめていくつもりだったんです」
そう、彼女は特別な存在となってしまった勇者シーヴァスを、わざと避けていた。それは、他の勇者に対してすまないという気持ちもあったし、任務が終わるまでは、まだ自分自身の気持ちを、抑えておきたいという気持ちもあった。
「わかっているよ、君の考えそうな事くらい。
だから、私だって自分勝手な怒りを君に押しつけようとは思っていない。
だが・・・少しくらいの愚痴を言うのは赦してほしい、それだけだ」
まったく、この天使は・・・とシーヴァスは内心苦笑しながら考える。
彼が告白するまでは、彼女はまるで彼の気持ちを知っているかのように、彼によく会いにきていた。特に戦闘の予定のないときでさえ、同行することもあった。面白くもない舞踏会を覗きにきていたことだってある。
それが、である。彼が彼女にその思いを告白すると、彼女は自分の気持ちも彼と同じだ、といいながら・・・それ以来、彼の元を訪れることがめっきりと減ってしまった。これでは、告白などしない方がよかったんじゃないのか? そう思うシーヴァスであったが、彼女が自分の替わりに、とよこす妖精たちの話から彼女の気持ちを何となく察したのだった。
「本当に、妙なところで真面目で融通のきかない頑固者なんだからな、君ときたら」
シーヴァスはそうつぶやく。天使は少し心配そうに、そんな彼を見上げた。
「・・・・嫌いに、なってしまいますか? 私のこと」
「・・・おやおや、私も見くびられたものだな」
シーヴァスは、そんな天使の耳元に「私が君を嫌いになってしまったかどうか、試してみたらどうだい?」と囁くと、彼女を抱きしめる腕に力をそっとこめる。それから、彼は彼のやり方で彼女に自分の気持ちを教えてやったのだった。