■マイティスマイル■ BY.森生
「やあ、君か」
柔らかな声、優しい微笑み。あなたはきっと、自分のそんな顔が私にどんな影響を与えるか知ってるに違いない。だって、あなたはいつも私をからかって嬉しそうな顔をするから。
本当はいつも、平常心のままでいようと思っているのだけれど、あなたのそんな顔を見てしまうと駄目なの。
自分でもわかるくらいに、胸がどきどきするの。隠そうと思っても、翼が勝手に震えてしまう。あなたの目を避けて顔をうつむける私を、あなたは覗き込む。ずっと間近にあなたの瞳を見て、私は息をするのも忘れそうになってしまう。あなたは、きっと私の翼が震えるのを見て面白いと思ってるのでしょう。「君の翼は君の言葉より雄弁かもしれないな」そんなふうに言って、翼に口付ける。私は頬が熱くなるのを感じる。
天使が恋をするなんて。どんな魔法をあなたは使ったの?
「私が魔法を使ったわけではない、私も君の魔法にかけられた」
優しく私の手を取るあなた。
「さあ、それで、次の任務は?」
私は笑ってあなたの傍らに腰を下ろす。そうすると、あなたは苦笑して私をひざの上に抱き上げる。
「ここで説明して」
ちょっと困ってしまう私に、あなたは「どうした?」と尋ねる。でも本当は私がどきどきして上手く話せないのをわかっているのでしょう? 何でもない振りをして地図を広げ説明を始める私をあなたは緩やかに抱きしめて、頬に頬を近づける。あなたの息を肩に感じる。あなたの香りを感じる。あなたの手が触れるのを感じる。私の感覚はあなたに向いてしまって声が上ずってしまう。あなたはちょっと意地悪な顔で笑うと、わかっているくせに「ちゃんと説明してくれないと困るな」なんて言う。じゃあ、下ろしてください、と言うのに、それは駄目だと言って笑う。
でも、あなたは、任務に対しては真摯に取り組んでくれるのがわかっているから私は安心できる。他の勇者たちと同様、インフォスを守りたいと思うあなたの想いは真剣で、私はそれを嬉しく思う。
あのとき、あなたが・・・あなたが勇者の責務に悩み姿を消したあのとき、私は自分があなたをどれほど大切に思っているのかを思い知りました。天使としてではなく、勇者としてのあなたを求めるのでもなく、ただ、傷ついて迷っている、悩んでいるあなたを救いたかった。あなたのために、そして、自分のために。あのとき、あなたの心の痛みが私にも伝わってくるようだった。もし、本当にあなたが辛いなら、もうあなたが勇者にならなくてもいいとさえ思った。でも、そのためにあなたと会えなくなることには、耐えられなかった。我侭で独善的な自分が存在することをそのとき知りました。
だから、あなたが勇者として戻ってきてくれたことがとても嬉しかった。
『天界でもなく、天使でもなく、ただ、君を信じる』
あなたの言葉が嬉しかった。あなたからの告白を受けたときも。不安がないといえば嘘になります。インフォスはきっと救うことができる。そう信じています。でも、この戦いが終わった後、本当にあなたと共に生きることができるかどうか、それはまだわからない。いえ、そうできるようにと私も力を尽くすつもりですが、生きる世界が異なることは事実なのですから。
でも、だからこそ、こうして共に過ごす時間がいとおしいものにも思える。こうして、大切に時間を過ごしていきたい。
閉じた環の中の時間が流れ出した後も、ずっとあなたと。
「なるほど、わかった。今度はここへ行けばいいというのだな。
たやすいことだ。で、君は同行してくれる?」
あなたの言葉に私は少し申し訳なく答える。
「ごめんなさい、しばらくは一緒にいけないんです。他の勇者がもうすぐ戦闘に入るので・・・」
あなたは、少しだけ拗ねた少年のような表情になる。あなたのそんな表情は珍しくて、でもそんなあなたの表情が見ることができるのがちょっと嬉しくて、きっと私しか知らないだろうと思うと。
「仕方ないな、今はまだ、君はインフォスの天使さまだ。だが・・・」
あなたは私の手をとりそっと口付ける。
「すべてが終われば、私だけの天使さまだ」
突然の口付けに戸惑う私の表情を見つめるあなたは、先ほどの少年のような顔とはうってかわって、大人の男性の顔になっていて。
翼をはためかせて天空に舞うとあなたが私を見上げて手を振る。
あなたの視界から私の姿が消えるまで、あなたは空を見上げている。そうして、旅の目的地へむけて歩き出す。私がそんなあなたの後姿をずっと空から見えなくなるまで見ていることを知っているかしら。しばらくの別れも辛くはない。次に会うとき、あなたがまた、あの笑顔で私を迎えてくれると知っているから。